したたかだな、慶昭帝
飛頭蛮というあやかしは人の形をしており、夜になると首が取れて、頭だけがそこらを飛び回るという。
その頭は虫を食べるという説もあれば、人のはらわたを食らうという説もある。はらわたを食われた被害者は、朝になると裂けた腹は元通りになっていて、その者もまた飛頭蛮になるという説もあった。
峠で団子屋を営んでいた姐姐と雪華は、旅人から怪談を聞かされる機会が多かった。怖い話というのは短い時間で手軽に盛り上がれるので、雑談の話題として最適だ。怪談を聞くうちに雪華が学んだのは、有名なあやかしであっても、地域によって語られている生態が少し違うということだった。
たとえば東部から来た旅人はこう語った――娘さん、飛頭蛮には気をつけなよ――あいつらは夜のあいだに頭を飛ばして虫をたらふく食うって言うぜ、気持ち悪いよな。
あるいは南部から来た旅人はこう語った――この村は平和そうだが、飛頭蛮の噂を知っているかい――あいつらは人のはらわたを食うんだってさ。
おそらく「夜になると頭が飛ぶあやかしがいる」の部分が伝承の起源で、各地方でそれが語り継がれていくうちに、「虫を食べる」、いやそうではなく「人のはらわたを食べる」、いや実は「はらわたを食われた人が新たに飛頭蛮となる」……という具合に話が分岐していったのではないだろうか。
後宮には全国から人が集まって来るから、「はらわたを食われた者は、次の飛頭蛮になって人を襲う」という説を広めた者がいたのかも。
「黄賢妃は滞在先の寺院で取り憑かれ、あやかしと化して戻って来たのよ。すでに後宮の誰かを襲っていて、その者を飛頭蛮に変えているかもしれない……怖いわよね」
という具合に。
そうなると、だ――黄賢妃が出家してここから出て行ったとしても、飛頭蛮の恐怖はなくならない。
この騒動を解決するのは、確かに『道士』が適任だろう……雪華は瞳を細める。
道士が本当に神通力を有しているかは関係ない。
後宮で暮らす妃や女官たちが『道士が祓ってくれたので、もう飛頭蛮に襲われることはない』と納得できるかどうかが大事だ。
本来ならば、皇后お抱えの姜道士が、飛頭蛮退治をすべきである。
しかし皇后は黄賢妃を嫌っており、本人が後宮を去るまでは、事態を静観するつもりらしい。
そこで慶昭帝は、西の辺境で見つけた雪華を都に呼ぶことにした――『救国の巫女』として。
しかし慶昭帝がそれをおおっぴらに表明してしまうと、自身の妃である皇后の顔を潰すことになる。
なんせ慣例では、後宮に入る資格のある女道士は、たったひとりと決められている――それは皇后が指名した姜道士だけ。
だから慶昭帝は雪華をわざわざ正殿前に呼び出し、正式に女官の立場を与えたのだ。巫女としてではなく、女官とすることで、波風を立てずに後宮に入れるように。
女官として後宮に入れっぱなしにせず、外朝での身分も持たせたのは、『救国の巫女』という肩書が今後も便利に利用できそうだと計算したからか……。それで慶昭帝は、雪華を外朝と後宮、双方行き来自由にした。
したたかだな、慶昭帝……雪華は腕組みをしたまま、思わず天を仰いだ。
自分の役割がはっきりと理解できた。
私はこの飛頭蛮騒動を、後宮の皆が納得できる形で、綺麗に解決しなければならない――。




