皇后 対 黄賢妃 女の戦い
「はじめまして、私は甜甜と言います! お会いできて嬉しいです!」
ひとりで門扉を通過した雪華は、熱烈に歓迎された。
対面した甜甜は胸の前で両拳を握り締め、少し前のめりの姿勢だ。彼女の瞳は日が当たった琥珀のようにきらきら輝いている。
純粋な好奇の視線を向けられ、雪華はなんとなく楽しい気持ちになった。
故郷の烏解では同年代の友人ができなかったので、新鮮に感じられたのだ。
烏解は小さな集落で、そもそも若い娘自体が少なかった。加えて雪華の場合は、同居している姐姐が、『姉』と『友人』を兼ねるような存在だったため、積極的に同年代の娘と関わってこなかったというのもある。
「私は向雪華と言います。案内を引き受けてくださって、ありがとう」
「いいんですよ、救国の巫女様の助手を務められるなんて、やりがいがありますし!」
甜甜から元気いっぱいにそう返され、雪華は警戒して思わず顎を引いた。
おっと……救国の巫女、ですって? 周囲からそう呼ばせたいのは慶昭帝の意向だろうが、朱翠影――なんという紹介をしてくれたんだ。
雪華は無理をしてふふと笑んでみせた。
「いえ、私は女官として――」
「雪華様は巫女が本業なのに、女官の肩書までもらえるなんてすごいです! ほかの道士は後宮内では身分を与えられず、用が済んだら速やかに退去しなければならないので」
……ん? ほかの道士?
雪華は話に引っかかりを覚え、甜甜に尋ねた。
「後宮って外部の者は気安く出入りできないはずでは?」
「巫女と道士は特別です。占いや厄除けはどうしても必要ですし。でも後宮の中に入れるのは、皇后お抱えの特別な女道士のみです。各夫人が好き勝手に外部から女道士を呼び込むと、規則が緩くなって、後宮の風紀が乱れますからねえ……」
後宮に入れるのは、皇后お抱えの特別な女道士のみ、か……つまり慶昭帝の妃たちの中で、序列一位に君臨する『皇后』のみが、道士を召喚することができる、と。
するとつまり……?
「皇后にはすでにお気に入りの女道士がいらっしゃる?」
「はい、姜道士という方です。四十代の、強面の方ですわ」
甜甜が頷く。
雪華はこれを聞き、複雑な形に眉を顰めた。
慶昭帝よ……なぜ飛頭蛮退治をそいつにさせない。
「……姜道士は、飛頭蛮騒動を放置しているの?」
慎重に尋ねると、甜甜が困ったように眉尻を下げた。
「飛頭蛮を目撃したのは、黄賢妃なので……姜道士は動きません」
「なぜ?」
「黄賢妃と皇后は折り合いが悪いのです。皇后は後宮を治める立場ですから、格下の妃が困っていれば、姜道士を貸すこともあります。けれど皇后は嫌っている黄賢妃のためには、指一本動かしませんわ」
なるほど……女たちの熾烈な争いというわけね……。
「黄賢妃は格上の皇后に睨まれて、後宮では肩身が狭いんじゃない?」
「黄賢妃の実家は強大な権力を持っていたので、これまでは自由気ままに過ごしていらっしゃいました。けれど数カ月前にご当主が亡くなり、権力に陰りが出ると、一気に状況が変わりましたね……黄賢妃は後宮で厄介者扱いされるようになり、もうすぐ出家する予定だったんです」
権力を失った妃が出家という形で後宮を去るという話は、雪華も聞いたことがある。
出家したあとは寺院や道観でひっそり暮らしていくわけだ。
「実家が没落したことが原因で、もうすぐ出家する予定――おまけに飛頭蛮を見てしまうなんて、踏んだり蹴ったりね」
雪華の言葉に、甜甜が頷く。
「半月前、出家先の寺院を見学するため、黄賢妃は御供を連れて数日外出しました。その外出先の寺院で、飛頭蛮を目撃したのです」
「え、後宮内で目撃したわけではないのね?」
驚いた。飛頭蛮に対する恐怖が後宮内に広がっていると聞いていたから……。
雪華の疑問に、甜甜が困り顔で答えてくれた。
「その後、後宮に戻って来た黄賢妃は目が落ち窪み、やつれて形相が変わっていたので、皆、怯えています。黄賢妃は寺院に滞在していた時に獰猛な飛頭蛮に取り憑かれてしまい、後宮に災厄を連れ帰ったのではないか、次はここにいる誰かが襲われるのではないか、と。黄賢妃はもうすぐ出家してここから出て行きますが、飛頭蛮だけは後宮に残るかもしれません」
そういうことか……雪華は腕組みをし、指先をぽんぽんと動かしながら、考えを巡らせた。




