あなたが私のせいでだめ人間になったなら、責任を持って一生面倒見ます
正殿の西に後宮があるとのことで、雪華と朱翠影はそちらに向かった。
後宮はひときわ高い版築壁に囲まれており、出入口は一カ所だけ。
部外者を中に入れないため、そして妃や女官を外に出さないため、出入口の『通桂門』は警備が厳重である。
朱翠影がひとりで門衛と話し、いくつか指示を出すあいだ、雪華は離れた場所で待っていた。やがて彼が戻って来て、隣に並ぶ。
「少し時間がかかります」
「手続きありがとうございます」
すると朱翠影が門扉の前でこちらに向き直った。
「この先、私は御供できません――くれぐれもお気をつけて」
「大丈夫ですよ」
姉妹で団子屋を営んできたのだ、危険な目に遭ったことは何度もある。村の治安は良かったけれど、烏解は大都市への抜け道になっているので、物騒な旅人が立ち寄ることもあった。
有事に備えて、身を護る術は習得している。姐姐のしごきはかなり厳しかったので、都の武官もあれを体験したら驚くのではないだろうか。
それが今、大きな財産となっている。
何かあっても武力で対抗できるという自信があれば、ちょっとやそっとのことでは慌てる必要もない。
雪華がゆったりと構えているのに対し、朱翠影は浮かない顔だ。
「……私が宦官だったら、一緒に『中』に入れるのに」
「朱殿、そうなると私たちは二度と『外』では会えませんよ」
雪華は後宮に永住するつもりはないから、朱翠影が宦官になって中に住み着いてしまうと、そのほうが困る。
「身を裂かれるような思いです」
朱翠影が低い声で呟きを漏らした。
――宦官は実際に身の一部を裂かれているわけだから、それにかけた発言だろうか、上手いことを言うものだと雪華は感心した。
面白がり笑みを浮かべる雪華と、苦悩に満ちた朱翠影の視線が交差する。
やがて諦めがついたのか、朱翠影がため息交じりに告げた。
「案内役として、下働きの女官を手配してあります。名は甜甜――中に染まっていない者のほうが良いかと思い、半年前に後宮に入った娘を選びました」
「助かります」
「性格が合わないようなら次から代えますので、おっしゃってください」
おっとまたもや過保護発動だ……雪華は笑みを浮かべたまま瞳を細めた。若干顔が引き攣ってしまう。
……私は平民だから、「案内役を付けてやるだけありがたいと思え、甜甜と上手くやるのもお前の仕事のうちだ」と言われて当然なのだけれど……。
「……朱殿と一緒にいるとぬるま湯すぎて、皆、だめ人間になる気がします」
「失敬な――私は見境なく誰でも甘やかすわけではありませんよ」
「甘やかしているではありませんか」
「甘やかしてだめになる相手なら、私は甘やかしたりしません」
「そうかしら……」
私はだめになる自信があるのだけれど。こんな生活を続けていれば、一年後には朱翠影がそばにいないとつらくなるという、困った生態に変わってしまうと思う。
「万が一あなたが私のせいでだめ人間になったなら、責任を持って一生面倒見ます」
「………………」
雪華はぱちりと目を瞬いた。
なんとまあ、驚いた。彼の責任感の強さは、都で一番に違いない。
端正な武官が悲痛な覚悟を語ったので、雪華は『この人は怜悧に見えて意外とお人好しだから、放っておくと悪人に騙されて不幸になるかもしれない。心配だから私が行く末を見守ろう』と心に決めた。




