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後宮の縁切り女官 ~悪縁を断つ救国の巫女は皇弟に溺愛される~  作者: 山田露子 ☆ヴェール小説4巻発売中!


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餌づけか……意外とじっくり攻めるのだな

 

 雪華の内心のぼやきを知ってか知らでか、慶昭帝が続ける。


「あちこち見て回って楽しんだか?」


「着いてすぐにこちらに参りましたので」


 普通ならば皇帝と謁見する前は、失礼のないよう礼服などに着替える。けれど今回、その必要はなかった。

 なぜなら今日は朝の時点ですでに、謁見用の高価な衣装を身にまとっていたからだ。服は最後に泊まった宿で朱翠影がくれた。「以降、宮城で着る服は、場所に適したものを私が見繕ってお渡しします。これに関して雪華殿の金銭負担はありません。仕事着ということで受け取ってください」と言われたので、お礼だけ言って金銭は払わなかった。

 朱翠影のおかげで宮城に着いてからは着替えも必要なく、すぐに謁見という流れになったのである。


「都の観光はまったくしていない?」


 慶昭帝から重ねて尋ねられ、


「いえ少しだけ……西市の端をかすめるように通りました」


 雪華は思い出しながら答えた。

 ――杜陽とよう国の都・広安こうあんには、市場がふたつあるという。

 庶民が使う活気にあふれた『西市』と、貴族が使う高級品ばかりの『東市』のふたつ。

 ちょっとだけ回り道をして、西市の端を通り抜けようと提案してくれたのは、朱翠影だ。


「首都・広安を楽しむには、西市を見ていただくのが一番です。慶昭帝の指定した時間まで、四半刻ほど余裕がありますので、少し覗いてみましょうか」


 四半刻だとそんなに時間はないが、通りにさっと入って、軽く様子を見るくらいはできそうだ。

 この誘いに雪華は瞳を輝かせた。


「ありがとうございます、朱殿」


 初めに西市を見ておけば、都の空気に早くなじめるかもしれない。それに何より、新しい体験には興味がある。

 そうして足を踏み入れた西市は、まるで異界だった。

 ――人、人、人――……雑多な香り、にぎやかな音、すべてが混沌としていて、活気に満ちている。気がうねって天高く噴き上げているかのようだ。

 朱翠影が、西市の入口付近にある小店に寄ってくれた。そこでの体験を思い出し、雪華は口元に笑みを浮かべる。楽しかった気持ちがよみがえってきた。

 そんな雪華を玉座から眺めおろし、慶昭帝が面白そうに尋ねる。


「西市では翠影に何か買ってもらったか?」


「はい――朱殿が『細環餅』を買ってくださいました」


「美味かったか?」


「ええ、とても。蜂蜜の上品な甘さが好みでした。雲を口に入れたかのような食感が不思議で、初めての体験でした」


「ふうん」


 慶昭帝が意味ありげに朱翠影を見遣る。


「……餌づけか……意外とじっくり攻めるのだな」


 それを聞いた雪華は『餌づけって、失礼だな』と思った。朱翠影は雪華を手なずけようという計算から、細環餅をごちそうしてくれたわけではないはずだ。雪華が新しい環境に馴染めるよう、気を遣ってくれただけだろう。

 ――そもそもの話、朱翠影が雪華を手なずけて、なんの得があるというのだ?

 端正な彼は女性に人気があるだろうし、平民の雪華に懐かれたら、迷惑に違いない。


「……慶昭帝」


 斜め後ろから、観念したかのような朱翠影の声が聞こえた。


「あとでいくらでも話に付き合いますから、今はどうかご勘弁を」


「よし、いいだろう」


 途端に慶昭帝は上機嫌になり、パン、と両手を打つ。


「楽しくなってきた――歓迎するぞ、雪華よ」


 よく分からないが、皇帝が団子屋の娘に対し、「ようこそ」の気持ちを伝えてきた。



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