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後宮の縁切り女官 ~悪縁を断つ救国の巫女は皇弟に溺愛される~  作者: 山田露子 ☆ヴェール小説4巻発売中!


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なぜに過保護発動なのですか、朱殿……

 

 雪華は立ち尽くし、走り去る豆妹を見送った。

 戸口から出て右に向かったので、隣家に戻ったのだろう。

 呆けたように開いた戸口を見遣る。いつもより間口が狭く感じた。

 通路には賊の流した血が溜まっていて、生々しくもあるし、現実味を欠いているような気もする。

 夢か、うつつか……ぼんやりしかけたところで、嗅覚が刺激された。

 熊家の火事がおさまったのかは不明だが、まだ外からいぶくささが漂ってきて、それが妙に神経を逆なでする。

 この状況のすべてが、混沌としていて、無慈悲で、滑稽に感じられた。


「大丈夫ですか?」


 朱翠影に気遣われ、雪華は上の空で、


「分かりません」


 と答えた。

 一拍置き、深呼吸をしてから、伏し目がちに告げる。


「旅支度をしてきます……そうお時間はいただきません。しばらくのあいだこちらでお待ちください」


 現在地は店舗部分で、客席があるので、朱翠影は適当に座って待つだろう。

 店の奥にある引き戸の奥は生活空間になっている――雪華は荷造りをするためそちらに向かった。

 視界がぼんやりと歪み、頭の中がふわふわしている。

 怖いのか、不安なのか、悲しいのか、自分でもよく分からない。

 よく分からないから、今は考えるのをやめよう……雪華は足早に自室へ入った。

 無感情に手を動かし、貴重品、当座の着替え、必要な日用品を選んで、大きな一枚布の包袱パオフーでくるむ。

 ――あっという間に、終わり。

 団子がゆで上がる時間よりも早い。

 ふたたび店のほうに戻ると、朱翠影は中におらず、開いた戸口の外にいた。こちらに背を向けて佇んでいる。


「――朱殿、お待たせしました」


 玄関口まで行き声をかけると、朱翠影が振り返った。雪華の全身を一瞥してから、何かを探すように視線を動かし、尋ねる。


「荷物は奥に?」


「いえ、背負っている、これがすべてです」


 雪華は首下の結び目を手で示してから、分かりやすいようにくるりと回り、背負った包袱を彼に見せた。

 彼が訝しげに眉根を寄せる。


「ほかにひつなどは?」


 なるほど……朱翠影が普段暮らしている優雅な都では、男女問わず荷物は多いだろう。

 けれど雪華は貴族ではないし、立派な脚つきの櫃にあれこれ詰めて、誰かに運んでもらえるような身分ではない。


「いえ、そんなものは重くて持ち運べませんので」


「移動は軒車けんしゃですから、大きな荷物も運べます。積み下ろしは私が行いますよ」


 朱翠影が当たり前のようにそう言うので、雪華は耳を疑った。

 積み下ろしは私が行いますよ? いや――身分で考えれば、むしろ朱翠影の荷物を、下っ端の私が積み下ろしすべきなのでは?

 というか彼は今、「軒車」と言った? 空耳?

 ありえない……だって「軒車」は貴人が乗る馬車のはずで……。

 そこまで考えたところで、雪華はゾッと鳥肌が立った。

 まさか!

 嫌な予感がして戸口から外に出ると、通りの先に二頭立ての立派な馬車が停まっているのが見えた。

 雨風をしのげる半円型のしっかりした屋根が上部を覆い、四方を囲う瀟洒しょうしゃな壁までついている。これは雪華の知っている馬車ではない。もはや車輪のついた動く『建物』だ。


「朱殿、あれはなんですか……」


「あなたにふさわしい乗り物でしょう?」さらりと穏やかに述べる朱翠影は、一周回って意地悪な気がしてきた。「見てのとおり、ふたりで乗ってもまだ余裕があります。さて――あなたは荷造りをし直す必要がありそうです。今度は私も手伝いましょうか?」


 質問の形を取っているが、どういう訳か若干の圧を感じた。

 雪華は納得がいかなかった――「平民のくせに荷物が多すぎる、図々しい、わきまえろ」と怒られるなら分かるけれど、「少なすぎる、やり直せ」と言われるなんて。

 少し考えてから、雪華は口を開く。


「やはり荷物はこれだけでいいです。宮城で働くなら制服があるでしょうし、平民の服を持ち込んでも、結局は捨てることになるかもしれません」


 困らない程度にお金はあるから、不足がある場合は、都度買い足せばいい。家出をした姐姐ジェジェは商売で稼いだお金を持って行かなかったので、手つかずのまま残されていたのだ。姐姐も雪華も、もうこの家には戻らないだろうし、財産はすべて背負った包袱の中に入れた。だから同行する朱翠影に迷惑をかけることもないだろう。

 ――そんなふうに考えていると、彼が、


「まあいいか……途中で私が買い足していけば」


 と小声で呟きを漏らしたので、雪華は顔が引き攣った。

 ……なぜに過保護発動なのですか、朱殿……。



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