豆妹、もう黙りなさい
このように虚無な空気になるのが怖かったから、熊郎獲の話はしたくなかったのに……雪華はそっと唇を噛む。
豆妹は最悪な形で暴露している気がする。これなら雪華自身が直接的な部分をぼかしつつ伝えたほうが千倍マシだった。後悔しても遅いけれど……。
「つまり」
朱翠影が凪いだ視線を雪華のほうに向けた。
「熊家の息子が君に懸想していて、自分の妻に迎え入れたかったから、意図的に後宮入りの名簿から雪華の名前を抜いたということだな?」
「………………はい、おそらく………………?」
雪華の声は消え入るように小さい。
朱翠影の視線が生温くなった。
「君とは出会ったばかりだが、真正直な人間であることは伝わっている。だから名簿の偽証に雪華が関わっていたとは疑っていない。しかし事実関係をはっきりさせておく必要があるので、起きた出来事はすべて話してほしい」
雪華は観念して話し始めた。
「今朝、熊郎獲が訪ねて来ました。彼は言いました――店なんて閉めて、裏山に海棠を見に行こう――と」
「海棠……」
朱翠影が端正な顔をしかめる。
意味が伝わったからこその表情なのか、意味が分からないから訝しく感じているのか、雪華には判断がつかなかった。
海棠を見に行こう――は西部地方独特の隠語なのだろうか? もしかして都ではまったく使わない? 海棠が茂っている場所自体がないかもしれないものね……。
「海棠を見に行こうというのは、つまりその……男女の……」
なんと言ったらいいのだろう? 雪華は言葉を探す。
性交の誘い……いや、皇帝の弟君に聞かせてよい表現ではないな……親しい交わり……うーん?
豆妹がここでふたたび助けに入る。
「それは好きな人を誘う時の言葉なんです――ふたりで仲良くして口づけするらしい」
いやちょっと違う、口づけだけではない……というかこの子はまったく!
「――豆妹、もう黙りなさい」
雪華は唇に人差し指を当てて「しっ」という合図をし、精一杯怖い顔を作った。けれど豆妹はケロリとしている。
「でも二姐が困っていると思って」
「あなたが自由に喋るほど私は困ります」
「どうして困るの? 朱さんは熊郎獲のつきまといを知っても、二姐のことを好きでいてくれると思う。大丈夫だよ」
「何が大丈夫なの、変なこと言わないで」
叱られた豆妹は納得できなかったのか、複雑な形に眉を顰めた。
「んー……さっき私が火事を知らせるため店に来た時、二姐は熊郎獲に抱き着かれていたでしょう? それを朱さんに知られたくないの?」
「抱き着かれていません。あなたが来る少し前に、抱き着かれそうになったけど」
「殴った?」
「殴ってはいない……腕を捻り上げて骨を折るぞと脅しただけ」
雪華は小声で答えた。
同席している折り目正しい朱翠影がこれを聞いているのだと思うと、居たたまれない気分だった。なんというお転婆だ、はしたないと呆れているかも。
もう彼のほうに視線を向けられない。
誠実な人から軽蔑されるのはつらいものだ。胸をチクチク針で突かれているような心地になる。




