詳細は国家機密
先ほど豆妹が「『韋節度使』は、この地方を護る係をしていてその中で一番偉い人だったけど、先月死んじゃった」という理解に至ったところで、肝心の話が中断している。
朱翠影が咳払いをひとつしてから、話を主筋に戻した。
「君たちが住む山村『烏解』は、『不可侵』を約束された特別区域になっている。西の辺境という、異民族の脅威にさらされる最前線にありながら、奇跡的に安全が保たれてきた」
確かにそう……雪華は考えを巡らせる。
近隣の都市はこうしているあいだも常に侵略の危険にさらされている。彼らは皆、西からいつ異民族が攻めて来るか分からないと、びくびく怯えながら暮らしているのだ。しかも警戒すべき異民族はひとつではない、いくつもある。
実際に侵攻されれば、近くの諸侯や中央の禁軍が助けに来てくれるはずだが、到着までどうしても時間がかかる。そして助けが来たとて、戦いが起きれば辺りは血の海と化す。『いつ襲われるか分からないが、襲われたら一応助けが来る』のと『そもそも襲われる心配がない』のでは大きな違いがある。前者が普通の西部辺境地域であり、後者が烏解。
西の辺境でありながら安全が保障されてきたのは、ここ烏解だけなのだ。
朱翠影が続ける。
「烏解は『不可侵』――その約束事を血気盛んな異民族も守ってきた。このように常識ではありえないことが成立している場合、裏では大きな力が動いている――つまり烏解を特別区域だと周知させた韋節度使は、朝廷をしのぐ強大な権力を持っていた」
「では――後ろ盾になってくれていた韋節度使が消えたから、すでにここは『不可侵』ではない?」
雪華はゾッとしながら呟きを漏らした。
知らなかった……この平和がかりそめであることは承知していたが、先月すでにそれが崩れていたなんて。
……姐姐はそれを知っていたのか?
自問し、すぐに答えが出た。
ああ――おそらく知っていた。
先月のことだ……何日か姐姐が暗い顔をしていたので、雪華が大丈夫か尋ねると、「少し寝不足なだけ」と返された。実はあの時、姐姐は韋節度使の死を知ったのでは?
姐姐は方々に繋がりがあり、顔が広かった。様々な噂話に通じていた。
いつもは仕入れた噂を雪華にも教えてくれるのに、韋節度使のことは違った。ひとりで悩みを抱え、雪華には秘密にしたのか……なぜ? 言っても仕方ないと思ったから? 頼りにできないと思ったの?
心が千々に乱れた。姐姐……どうして……。
雪華は目を伏せ、考えを巡らせる。
だけど……何かがおかしい。
ハッとして顔を上げ、対面席に座る朱翠影の怜悧な瞳を見つめる。
「韋節度使が管轄していたのは、烏解だけではないですよね? もっと広い範囲を治めていたはず――それなのに『不可侵』なのは、ここだけなのですか?」
この山村が護られていることはあらかじめ承知していたが、それはもっと小さな話なのだと思っていた。地主である熊家が異民族に大金を払って、「烏解だけは攻めて来ないでくれ」と頼み込んでいたのかと……。
ところが今聞かされた内容は、それとはまったく違っている。
藩鎮という巨大軍事組織を束ねていた長――韋節度使がからんだ話なら、矛盾が出ない? なぜ韋節度使は自分が治めるすべての西地区を護らなかったの?
烏解だけ特別扱いした意味が分からない。出身地というわけでもあるまいし。
朱翠影が問いに答えてくれた。
「韋節度使も可能ならすべての管轄地域を護りたかっただろう。しかし複数の異民族相手に『絶対不可侵』を護らせるのは並大抵のことじゃない。彼の力をもってしても、烏解というひとつの村に限定するのが精一杯だった」
「なぜ烏解が選ばれたのでしょう?」
「それはここが特別重要な拠点だから」
「特別重要……具体的には?」
資源? 立地? よく分からない……確かに烏解は漁濮と金虹というふたつの大都市を結ぶ抜け道であるけれど、そこまで重要視すべき場所だとも思えないのだが……。
「詳細は国家機密だ。君に話すことはできない」




