未来
この痛みを越えれば、一緒にバリアも無くなるはず……!
それを信じて数十分の間、地面をのたうち回っていた。ネズミのようにジタバタと。
けれどいきなり、痛みが引いた。
「痛みが……消えた」
そして思い出した。自分の過去を。
「ボクは……勇者だ。村に偉い人が来て、ボクは勇者なんだと説明していた。そうだ、ボクは勇者なんだ。人間を悪から守る、人類の最大戦力だ」
思い出した。そして察した。さっき出会ったあの人たちは、人類の敵。人ならざるものだ。
ボクが滅ぼすべき、この世の悪だ。
「それは違う!」
記憶を取り戻したところで後方から大きな声がした。
「誰?」
思わず警戒態勢に入り、警戒心を高める。
「君は……ラミア。魔王軍の、最高戦力でしょ…?」
「魔王軍の……?」
「記憶を無くしているみたいだけど、私にとって君は親友なんだよ…。ただ1人のさ…。それを失くしたら……もう私は耐えられないんだよ」
それは心からの、悲痛の叫び。本気でボクのことを親友だと思っているようだった。
「…さっきから何を言っているかわからない。ボクは勇者だ。君のような人は見たことないし、人間でもないはずだ」
「それはミア、君もだよ」
「何?」
「そもそも君は強すぎるんだよ。人間にしてはさ。それをおかしいと思わなかったの?」
「………」
薄々勘づいていた。ボクは人にしては強い、異常というまでに。妹と比べても筋力や瞬発力、体に関する発達がよかった。でも……。
「でも……仮にボクが人ではなかったらなんだっていうんだ。ボクは一体何者なの……?」
思わず涙が出ていた。
「それを、私なら教えてあげられる。だから落ち着いて、こっちに来て」
「…………」
「躊躇わずにさ。いつもしてるでしょ、ハグぐらい」
「う……ん……」
目の前にいる者は明らかに人間ではない。けれどそこに温もりを感じた。人間ではない、別の生き物に。
「そう、偉い子だね…。ミアは」
「ボク……は………」
パタン。
「おっと危ない。なんでこの状況で寝ちゃうかなって……それもそうか。こんなに疲れているんだし」
そのハグは、今までで一番優しいハグだった。
※※※
「おはよう。もう2回目なんだけどね、この挨拶」
「あなたは……未来のボク」
「そう。よく覚えててくれたね。路地裏に逃げ込めって」
「もちろんです…。けれどなぜ、あのタイミングで人が?」
「それは簡単だよ。あの路地裏はね、ボクとティアの秘密基地なんだ」
「秘密基地?」
「そう。もっと小さい頃、そうだな……ボクが魔王軍に加入した時かな。あそこでよくティアと遊んでいたんだ。そしてずっと約束していた。何か困ったことがあれば、あの路地裏で会おうって」
昔を懐かしむようにはにかんだ。
「でもなぜボクがあの路地裏に行くって分かったの?この街にはもっとたくさんの道があるはず」
「それは……ボクと君が同じ人物だってことが理由かな。どうせボクなら反射的にあの路地裏に入っちゃうでしょっていう」
「そんな勘で」
「勘でいいでしょ。実際当たってるんだしさぁ。やっぱり、いくら過去とはいえ今のボクと類似点があるんだね」
「そうなの、かな?」
「もちろんそうだよ」
そう言って未来のボクは近づいてきて、ボクに触れる一歩手前で動きを止めた。
「……それより、ボクは全部の記憶を集められたの?」
顔が近い。未来とはいえ自分の顔なのに心臓がバクバクする。
「いや、全然。君が思い出したのはまだほんの序の口だ。ここからもっと思い出すだろうよ。けど、その隣にはいつもティアがいてくれる」
「ティア……」
「さっき会った女の子ね。ボクの一番の親友なんだ」
「未来の自分には親友がいるのか」
「もちろん。ボクは社交的だからね。君とは違って」
「うぬぬ……」
「あっははは。自分の悔しがってる表情を見るのも悪くないねー。時々いじってあげようか」
「やめて。そういう気遣いはいらない」
「全く、つれないなぁ」
「あーもう!で、ボクの体は今どうなってるの」
「ティアが寝かせにいったよ。ボクらの家にね」
「家?」
「ああ。さっき通ってきただろう?住宅街。あの中にある」
「そうなんだ……」
「まあそりゃ嫌でも思い出すよね。あそこで何百という夜を過ごしているんだから。それよりも、君は目覚めて瞬間に何か思い出すかもしれない」
「何を気をつければいいの?」
「失った記憶を取り戻すのは痛みが伴う。それはさっきのでわかったはずだ。けど目が覚めた瞬間、つまり意識が朦朧としている中でこれが起きると衝撃で失神するかもしれない。そしたらすぐにボクと会えるね。記憶を取り戻さずに」
「じゃあボクは頑張ってその衝撃に耐えればいいと」
「そういうこと。応援してるけど…。まあボクができることはないか。頑張ってね」
「最後に質問だけ……」
「いいよ」
「ボクは……人間ではないの?」
「さあ?ボクは少なくとも人間だと認識しているけど怪しいよねー。ぶっちゃけ。人を何千と切れるし、それに関して何も思わない。これはイカれてる。でも、それは人間ができることの範疇にあるでしょ?だからなんともいえないよねー」
「…ごめん。ちょっと理解できなかった」
「簡単にいうと、精神性とか身体的には人間を逸脱している。けど、それは一握りではあるけどできる人間が存在する。だからまだギリギリ外れ値にはなってないんじゃないかってこと」
「うーん、難しい……」
「別にいいよ、理解しなくて。君が人間だと思うならボクは人間だ。他人がどう思っていようとね。わかった?」
「分かった」
「じゃあ気をつけて。ショックでまた戻ってこないようにね」
※※※
「ん、ん……」
みじろぎして、目が覚めた。
「あ、ミア…!起きたんだ!」
「う、うん……。けど…ボクはまだ君の知る人じゃない。君の友人じゃないんだ」
「そんなの関係ないよ。君はおそらく、私の親友の過去の姿だ。それはまごうことなき私の親友だよ」
「あ、ありがとう…なのかな。それより…この部屋は」
自分が寝ていたのは普通のベッド…よりは少し豪華。すごいふかふかだった。
部屋は…少し暗いかもしれない。そして壁には光っている何かがあった。それに目がいって離せない。
「これは……」
思わず、立ち上がってその光っている方向に手をのばす。
「剣だ……。本当の…剣…」
「ちょ、やばい!」
何か…頭がくらくらするような感覚。今までの痛みとは違う…。
「剣が……呼んでる…」
ボクは並みいるようにその剣に見とれてしまった。




