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悪妻は退場しましたので  作者: 中村くらら


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19/22

19 悪妻の聖魔法は物騒です

 無数の光の粒がキラキラと瞬きながら、ベッドに横たわる男性を包み込んでいる。

 男性は両腕に包帯を巻き、その顔を苦悶に歪めている。その表情が徐々に和らぎ、やがて光の粒が消える頃、男性がゆっくりと目を開けた。


「ご気分はいかがですか? どこか痛いところや苦しいところはありませんか?」


 男性の傍らで握っていた手をそっと離し、安心させるように微笑みかける。

 男性は戸惑ったように目を瞬いてから、ゆっくりと体を起こした。両手をグーパーしたり、肘を曲げ伸ばしする彼の顔に喜びの色が広がっていく。


「手が動く……全然痛くないです……! すごい……医者には痛みと麻痺が残るって言われてたのに……!」


 嬉しそうに声を弾ませる男性に、私も心からホッとする。どうやらうまく聖魔法が発動したらしい。

 ここは守備隊の詰所の一角にある救護室。魔獣との戦いで怪我を負った隊員が運び込まれる部屋だ。

 私は昨日から、午後の三時間ほど、ここで救護班の一員として働いている。

 昨日、初めて救護室に足を踏み入れた私は、若様が熱心に私を勧誘した理由を目の当たりにした。

 十床あるベッドは完全に定員オーバーで、床に毛布を敷いて横になっている人が何人もいる。薬と体臭の混ざり合った独特の臭いが充満し、痛みに呻く声があちらこちらで聞こえる。

 負傷者はこれで全員ではなく、命に関わるような重症者は町の病院に入院し、症状が落ち着いてリハビリ段階の人は自宅や宿舎で療養しているらしい。

 怪我人が多いとは聞いていたけれど想像していた以上だった。自分の都合だけで聖女の打診を断ろうとしたことが恥ずかしく思えてくる。


(……よしっ! 引き受けたからには全力で頑張ろう!)


 そう気合いを入れてはみたものの、本当にあの時と同じように聖魔法が使えるのか、正直なところ不安だった。

 結果的には使えた。

 慣れない聖魔法でうまく魔力量を調整できず、昨日はわずか三人を治癒したところで魔力切れでふらふらになってしまったけれど、治癒自体はできた。

 できたのだけど……。


「では次の方、治療させて頂きますね」

「は、はい……」


 隣のベッドに横たわる男性に声をかけると、緊張した声が返ってきた。

 彼も全身に治療の跡があるが、特に顔の左半分を覆う包帯が痛々しい。魔獣との戦闘で顔面に傷を負い、左目を失ったのだそうだ。

 怯みそうになる気持ちを堪え、男性の頬をそっと両手の平で包む。不慣れなせいか、相手の体に触れていないとうまく聖魔法が発動しないのだ。

 体内を巡る魔力の流れを意識し、初めて聖魔法を発動させた時の感覚を思い出す。


(この人の怪我を治す!)


 手の平から勢いよく魔力を放出すると、ボウッという音と共に男性の頭部が激しい炎に包まれた。


「ヒッ……」


 男性の口から、悲鳴をのみ込んだような声が漏れる。

 無事な方の目が、怯えたように私に向けられるが、私は構わず魔力を放出し続けた。

 炎は男性の全身を包み、さらに大きくなって、天井まで届くほどの火柱となる。

 ベッドの脇で待機していた救護班の人が、思わずといった様子で後ずさるのが視界の端に映った。

 ……気持ちはすごくよく分かる。普通と違う金色の炎だし熱くないとはいえ、びっくりするよね……。

 驚かせてしまって本当に申し訳ないけれど、私が聖魔法を使うと、もれなくこうなるのだ。


(なんか、思ってたのと違う……)

 

 治癒魔法ってもっとこう、柔らかな光がキラキラキラ〜ッと振り注ぐとか、そういうイメージだったのですが……。

 確か、小説の中でヒロインのリリアナは、聖魔法で聖水を作り出して、それで怪我人を癒していたような気がする。

 それに引き換え私の聖魔法、見た目が物騒すぎるんですけど……!

 もう少しどうにかならないものかと自分でも思うけど、今のところどうにもならない。

 試しに、水に聖属性の魔力をこめてみたけれど、ただの水のままだった。

 とはいえ私の聖魔法、ビジュアルは少々アレだが、一応治癒の効果はあるらしい。

 炎が鎮まり、名残の光が消えるのを待って、男性の顔から手を離す。


「ど、どうでしょう……?」


 失われた目を元に戻すことまではできないかもしれないけれど、せめて痛みがなくなっていればいいのだけど。

 そう思いながら声をかけると、ぼうっと光に見入っていた救護班の人がハッと我に返り、男性の頭部の包帯に手をかけた。

 包帯の下から現れたのは、かすり傷一つない顔。失われたと聞いていた左目の眼球もちゃんとある。


「見える……ちゃんと見えます……!」


 男性の声が震え、治ったばかりの目に喜びの涙が浮かぶ。周囲で見守っていた人たちから、わっと歓声が上がった。


「信じられない! 欠損まで治せるなんて……!」


 救護班の人が興奮ぎみに頬を紅潮させる。

 いやいや本当にすごいですね、聖魔法ってやつは。王宮で特別扱いされていただけのことはある。 


「本当にありがとうございます、聖女様! なんてお礼を言ったらいいか」


 目の治療をした男性が感激した様子で私の両手を握り、ぶんぶんと振る。


「いえいえ、どういたしまして。お怪我が治って本当に良かったです! ですが、その聖女様っていう呼び方はちょっと……」


 できれば目立ちたくないのでやめて頂きたいのです。


「そうですよね! 聖女様じゃ足りないですよね! 女神様ってお呼びしますね!」

「いやいやいや! 全然全くそういう意味じゃないですが⁉ 気軽に名前で呼んで頂きたいなって……」

「それは無理です。ロジーさんにあんまり馴れ馴れしくすると、後で隊長にしごかれるんで」

「えぇ……?」


 大真面目な表情で言われて、思わず口元が引き攣ってしまった。

 どうやら隊長ことフィリップ・バロウが私を口説いていることは、守備隊員には周知の事実らしい。そういう外堀を埋めるような行為はやめて頂きたいのですが……!?


「やあ、僕を呼んだかな?」


 噂をすればなんとやらで、若様が救護室に現れた。


「ロジー、調子はどう? 無理はしてない?」

「はい、大丈夫です」

「本当に? 頑張ってくれるのはありがたいけど、昨日みたいに倒れるまでやることはないんだからね」

「本当に、少しコツが掴めてきたみたいで」


 昨日は三人に治癒魔法を使っただけで魔力切れになってしまったが、今日はさっきの彼でもう五人目だ。感覚的にはあと二、三人いける気がしている。

 聖魔法に目覚めて以来、魔力量も格段に増えているし、今さらながら成長期なのかもしれない。


「ロジーさんの聖魔法は本当にすごいです! まさに救世主ですよ!」


 救護班の人の興奮気味な報告を聞き、若様の表情も明るくなっていく。


「ロジー、君が救護班に加わってくれたおかげで、どうにか守備隊を立て直すことができそうだよ。これからもよろしく頼む」

「私にできることでしたら」


 私にどこまでのことができるのかは分からないけれど、守備隊のためにできる限りのことをしようと思う。目の前で苦しんでいる人を放ってはおけないし、町を守る守備隊への協力は、回り回ってロウェルを守ることにも繋がるはずだ。

 若様から差し出された手を握ると、若様は握った私の手を高く掲げ、救護室内を見渡した。


「皆、聞いてくれ! ここにいるロジーは、神がディウドの町に使わして下さった奇跡の聖女、希望の光だ! 皆の怪我も必ずや癒してくれることだろう」


 病室のあちこちから「聖女様、万歳!」の声が上がる。

 いやもちろん精一杯頑張るつもりだけど、あまり大げさにしないで頂きたいのですが!?

 そう思っていることが伝わったのか、若様が私の耳元で囁いた。


「君という聖女の存在を強調することで、皆に希望が生まれ、士気が格段に上がるんだ。もう少しだけ付き合ってくれるかな?」

「うぅ……」


 確かに、昨日初めて訪れた時には暗く沈んでいた救護室は、前向きで明るい空気に包まれている。

 そんな様子を見てしまうと、私としても嫌とは言い辛い。


「が、頑張ります~……」


 自然発生した聖女コールに、ぎこちない笑顔で応えた。

 

「それから、皆にもう一つ朗報がある」


 若様が声を張ると、ようやく聖女コールが静まった。


「王都から王国軍魔獣討伐部隊が派遣されることになった! 対魔獣の精鋭部隊だ。彼らの協力があれば、決して魔獣に遅れを取ることはないだろう!」


 おおっ、と救護室内が沸き立つ中、私は密かに息をのんだ。


(魔獣討伐部隊って、アドルファスが将軍を務めてる部隊だよね!? ……いやでも、将軍自らがこの辺境まで来るなんてことはないはず……)


 私はドキドキと煩い心臓を必死に宥める。

 そう、『黒狼将軍の最愛花』の中でも、アドルファスが辺境の町に遠征に出るシーンなんてなかった。だからこそ、私はこのディウドの町を逃亡先に選んだのだ。


「とはいえ、魔獣討伐部隊に頼り切りでは、我々守備隊の名が廃るというものだ。部隊の到着予定まで一週間、一人でも多くの隊員が復帰してくれることを願っている! 聖女ロジー、そのためにもどうか我々に力を貸してほしい。聖女の祝福を我が守備隊に」


 若様が、握ったままだった私の手の甲に、恭しく触れるか触れないかの口付けを落とす。

 救護室内に今日一番の歓声が上がった。


「ちょっと若様! 今のはやりすぎです!」


 再びの聖女コールの中、ファサッと髪をかき上げた若様に小声で抗議する。

 この時の私は知らなかったのだ。

 まさかアドルファス・デュアー将軍自らが、この辺境まで部隊を率いてくるなんて。

 再会の時がわずか一週間後に迫っていることなんて――。



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