18 悪妻、聖女にジョブチェンジ!?
「……は? せ、せいじょ……?」
思わず聞き返した私の顔は、完全に引き攣っていたと思う。
「そう、聖女。聖魔法を操る女性魔法使いの称号だね」
「それは知ってますが……」
付け加えると、聖魔法を操る「王族以外の」女性魔法使いを「聖女」と呼ぶ。
王族の場合は聖女である以前に王女だからか、慣習として聖女とは呼ばれないのだ。
ちなみに王族以外で聖魔法の使い手はめったに生まれないので、聖女というのは極めてレアな存在だ。
小説『黒狼将軍の最愛花』にも、聖女と呼ばれるキャラはたった一人しか登場しない。言うまでもなく、ヒロインのリリアナである。
(……いやいやいや! 悪妻キャラの私が聖女って、どう考えてもおかしいでしょ!?)
本当にどういうことなんだと、再び頭を抱えてしまう。
こちとらとっくに物語から退場した身なのだ。聖女だなんて呼ばれて下手に目立つのは全力で避けたい。
(やっぱり断る一択だよね)
そう思ったのだけど……。
「ロジーもすでに聞いているかもしれないが、今年は魔の森が活発でね。魔獣が大量発生しているんだ」
「あ、はい、ハズレ年だって……」
冒険者のジェイクさんから聞いた話を思い出す。
「僕たち守備隊も力を尽くしてはいるんだが、不甲斐ないことに町への侵入を許してしまった……」
若様が悔しそうに唇を噛む。守備隊の隊長として責任を感じているのだろう。
「言い訳になってしまうけど、守備隊は連日、街壁の外で魔獣と戦っていてね。怪我で離脱する者が続出しているんだ。守備隊を立て直すためにも、ぜひロジーに協力してほしい。もちろん報酬は弾むよ」
「……協力って、聖魔法で怪我を治したり、ということでしょうか? 私、戦闘なんてできませんよ?」
聖属性の魔法にも色々あって、人によっては攻撃魔法を使えたりもするらしいのだけど、今のところ私にできるのは怪我の治癒と解毒だけだ。
……いや、それだって自在に操れるものかどうか半信半疑だ。あれは火事場の馬鹿力ってやつだったのではないかと……。
「まさか! たとえ攻撃魔法が使えたとしても、愛しいロジーを魔獣と戦わせようだなんて思わないよ」
そう言って若様は、ファッサァ…と髪をかき上げ、バチンとウィンクして見せた。
……うん、今、髪をかき上げる必要あったかな?
「怪我をした隊員の中には、魔獣の毒を受けた者もいてね。命に別状はないながらも後遺症で苦しんでいる者が少なくないんだ。ロジーの聖魔法であれば、彼らを救えるんじゃないかと思うんだけど……」
「うっ……」
それを言われてしまうと、すごく断り辛い。魔獣の毒の恐ろしさを知ってしまっただけに……。
「でも、リコリス亭の仕事もありますし……」
ランチ時は三人でも目が回るような忙しさなのだ。私が抜けるわけにはいかない。
ところが――。
「ロジー、店のことなら気にしなくていいよ。聖女だなんてすごいことじゃないか!」
「えっ」
なんと、ハンナさんが若様に加勢した!
「で、でも、ダンさんとハンナさんだけじゃさすがに……」
「ふむ、だったらランチのピーク時を越える二の刻から夕方五の刻までの三時間だけ、守備隊に協力してもらうというのはどうだろうか?」
「そりゃ、そうしてもらえるなら、その方があたしらは助かりますね」
「よし! じゃあそれでいこう」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
私を飛び越えて若様とハンナさんとの間で話がまとまりつつあるところに、慌てて割って入る。
「あの……魔獣で大変なのはわかりますし、この町の皆さんのお役に立ちたい気持ちもあります。だけど、今は私、ロウェルのそばについていてあげたいんです。魔獣のことが落ち着くまで、教会にも預けないつもりで……」
ロウェルを抱く手に、ぎゅっと力を込める。
教会の託児所は明日から再開予定だと聞いている。だけど私は、当分の間、ロウェルを教会に預けるつもりはない。
昼間、私がリコリス亭の仕事をしている間は、ロウェルも店の隅っこにいてもらう予定だ。ダンさんとハンナさんには迷惑をかけるだろうし、ロウェルにも不自由な思いをさせるかもしれない。
厨房には、火や刃物など危険もある。だけど、外にいて魔獣に遭遇するよりはずっとずっと安全なはずだ。もう二度と、私の目の届かないところで危ない目に遭ってほしくない。一番近くでロウェルを守りたい。
ディウドの町が大変な時にワガママを言っている自覚はある。それでも私は、聖女よりも何よりも、第一にロウェルのママでいたいのだ。
「だから若様、申し訳ないんですけどこのお話は」
「ろーちゃ、きょーかいいくよー!」
「お受けできな……へっ⁉」
若様に断りを入れようとした私の言葉を遮ったのは、ロウェルの元気な声だった。
「え、な、なんて?」
にこにこ顔のロウェルに聞き返す。
教会に行くって聞こえた気がするけど、気のせいだよね……?
「ろーちゃねー、きょーかいいくのー!」
気のせいじゃなかった!
「な、なんで? ママと一緒にお家にいようよ……」
「だってねー、でてこいでてこいしたおいもさんでねー、やきいもしゅるんだよー! しすたーがいってたのー」
「焼き芋⁉ 焼き芋なら裏庭でママと……」
「あとねー、きょーかいいくとねー、とってもおいちいおやちゅもらえるでしょー。だからろーちゃ、きょーかいいくのー!」
「お、おやつ……」
まさかの食いしん坊発言にくらりと眩暈がする。
シスターはたいへん気前の良い人で、教会に寄付されたお菓子を、おやつの時間に託児所の子ども達に分けてくれる。お菓子は家庭で作られた手作りのものから、街の高級店のものまで様々で、ロウェルは毎日そのおやつを楽しみにしているのだ。
「だ、だけど、もしかしたらまた魔獣が来るかもしれないんだよ? ローちゃんだって怖いでしょ?」
「ろーちゃ、こわくないよ! がおーがきたら、あっちいけしゅるもん!」
そう言うロウェルの顔には、本当に全く恐怖の色は見えない。
「ほぅ。たいしたものだ。ロウェルは心の強い子だね」
「ろーちゃ、ちゅよいこ⁉」
若様の言葉にロウェルが反応する。
「うん、とっても強い子だ」
「やったー! ろーちゃ、ちゅよいこー!」
私のお膝に座ったまま、ロウェルがぴょんぴょん跳ねる。
パパの話を聞いて以来「ちゅよいこ」になりたいロウェルに、若様の褒め言葉はクリーンヒットしてしまったらしい。
一方の私はというと、ほとんど涙目だ。
「ううっ、ローちゃんの成長は嬉しい……けど、二歳でもうママ離れしちゃうなんていくらなんでも早すぎるよぉ……ママまだ全然ローちゃん離れできないんですけど……」
「? ろーちゃ、ままとはなれないよ? じゅーっといっしょだよ?」
ロウェルが不思議そうに私の顔を覗き込み、ぴとりとくっ付いてくる。
「ろ、ローちゃぁぁぁん! そうだよねぇ! まだまだママと一緒にいようねぇぇぇ!」
ぎゅっと抱きしめると、小さなお手々でぎゅぎゅっと抱きしめ返してくれるロウェル。
はわぁ、可愛い!
「さて。リコリス亭の仕事とも両立できそうだし、ロウェルもこう言っていることだし、改めてどうかな、ロジー。守備隊で聖女、やってくれるよね?」
「うっ……」
若様が笑顔で追い詰めてくる。
それ以上断る理由も思い浮かばず、私は渋々聖女の仕事を引き受けたのだった。




