17 シンキングタ~イム!
「何者って……」
思わず目が泳ぎそうになるのを、なんとか堪える。
「名前はロジー、王都出身の二十一歳、リコリス亭の自称看板娘で、世界一可愛いロウェルのママですが何か!?」
胸を張ってドヤッと言い切ったが、若様の鋭い視線はちっとも揺るがなかった。
「そんな雑な自己紹介で誤魔化されるわけないだろう? あの聖魔法はどういうことかと聞いてるんだ」
「うっ……」
まぁそりゃそうなるよね……。
私は、はぁぁと深いため息をつく。
「……そんなの、私が聞きたいくらいですよ。あんなことができるなんて思いもしなかったんですから。だいたいあれ、本当に聖魔法だったんですかね?」
「魔獣に受けた毒と傷を一瞬で消し去るなんて、聖魔法以外にあり得ないだろう」
若様は、何を当然のことをと言いたげな顔だ。
「だけど、いまだに信じられなくて。なんで私がって……」
「ロジー……もしや君、実は元貴族令嬢なんてことは――」
「ないですないです!」
若様の言葉を引ったくるようにして、強く強く否定する。
……ギリギリ嘘ではない。元王女ではあるけど、元貴族令嬢ではないので!
「母も平民ですし、父にはあまり会ったことないので……」
最後はごにょごにょと声が小さくなる。
一応、これも嘘ではない。
母は元売れっ子女優で、国王である父に見初められて愛妾になった。
そして父は、王家の特徴を何一つ受け継がなかった娘に興味を示さなかったので、私は同じ王城内に住んでいながら父と会う機会はめったになかったのだ。
「なるほど。そうすると上位貴族の庶子といったところか……?」
若様がぶつぶつと、当たらずしも遠からずな予想を口にする。
さすがに私が元王女ロザリンドだということには気づかれていないようでホッとする。
そりゃそうだ。元王女が辺境の食堂で働きながらシングルマザーをしているなんて、想像できるはずがない。
だけど、そう。確かに私には王家の血が流れている。だから聖魔法に目覚めるというのも、ありえないことではないのかもしれない。
それでも私の中では、「なんで私が⁉」という思いがぐるぐると渦巻いていた。
あの時のことを、なるべく冷静に思い出す。
猛毒に侵され意識のないロウェルを抱きかかえ、無力な自分を呪った。
私が出来損ないでなければ、聖魔法さえ使えれば、と。
腕を切り落とすという残酷な選択肢を突きつけられ、それでも助からないかもしれないという絶望に染まりながら、そんなの耐えられない、この身に代えてもロウェルを助けたいと強く願った。
その瞬間、体の奥深くから魔力が噴き出した感覚があった。これまでとは異質な魔力が。
気づいた時には私もロウェルもその魔力に包まれていて、ロウェルの右腕から毒の色は消えていた。
そしてその異質な魔力は、今も私の体の中を巡っている。
二つ目の属性に目覚めた、ということなのだろう。それも、希少な聖属性に。
確かにそうとしか考えられない。
それはそうなんだけど……!
(二つ目の属性として聖魔法に目覚めるって……それ、まんま『黒狼将軍の最愛花』のヒロイン、リリアナのポジションじゃんーー!?)
いったいどういうことなんだと頭を抱えてしまう。
小説のヒロインであるリリアナは、物語開始時には水魔法しか使えず、その魔力もたいして強いものではない。それが、ヒーローのアドルファスと出会って惹かれ合い、愛し愛されることで(プラトニックな意味でね!)、眠っていた聖魔法の力に目覚めるのである。
大事なことなのでもう一度言いましょう。聖魔法に目覚める条件は、アドルファスと愛を交わすことである。なんだその条件はと思うが、とにかくそういう設定の小説だったのだ。
読者として読んでいた時は「ヒーローからの溺愛は全てを解決する! ご都合主義万歳!」としか思わなかったけど、改めて考えてみると謎すぎるよね……。
(そもそも私、その条件満たしてないよね!?)
確かに初夜でやることはやったし、あの行為を「愛を交わす」と言い換えたりすることもあるけど、行為だけでは条件を満たさないはずなのだ。心が伴っていなければ。
(私はともかく、アドルファスの方は……)
「まーま?」
その時、頭を抱える私を不思議そうな顔で見上げるロウェルと目が合った。ピコーンと閃きが走る。
(あっ、もしかして!)
愛し愛される相手って、実はアドルファスじゃなくてもいいんじゃない!? リリアナの相手がアドルファスだったというだけで。
そして「愛」は恋愛にのみ伴うわけではない。
つまり……。
「ローちゃん……今日も可愛いね! 世界一好きっ!」
「ろーちゃも、ままいちばんちゅきー!」
ぎゅっと抱きしめると、小さな体全体でぎゅぎゅっと抱きしめ返してくれる。
うん、間違いない。これは紛れもなく愛!
ロウェルの存在が私の中に眠っていたらしい聖魔法を目覚めさせてくれたに違いない。
ひとまず私はそう結論づけた。これ以上は考えても仕方ないもんね。
ロウェルとぎゅぎゅ〜っと抱き合っている私を、若様がじっと見つめていることに気がついた。
「……若様、まだ何か? これ以上出自のことを聞かれてもお答えできませんよ。過去はきれいさっぱり捨てましたので」
名前も身分も何もかも捨てて、たった一人でこのディウドの町にやって来たのだ。
……実はお腹の中にロウェルがいたのだから、二人で、と言うべきかもしれないけれど。
すると若様は、「いや」と小さく首を横に振った。
「それも気にならないと言えば嘘になるけど……ロジーは聖魔法に目覚めたというのに冷静というか、あまり嬉しそうじゃないなと思ってね」
「はあ……まぁ正直に言って、そんなに嬉しくはないですね……」
ロウェルを救えたことはもちろん嬉しい。だから、聖魔法に目覚めたこと自体には感謝している。
だけど、「今更」という複雑な気持ちが大きいのだ。もしも、王宮の中で必死に自分の居場所を探していたあの頃に目覚めていたら、素直に喜べていたのかもしれないけれど。
「なぜだい? 聖魔法は極めて貴重だ。王宮に報告して認められれば、すぐにでも王都に迎えられて、聖女に相応しい地位と財産が与えられると思うけど」
「それが嫌なんですよ。私が諸事情あって王都からディウドに来たことはご存知でしょう? 極力、王都には近づきたくないんです。顔を合わせたくない人もたくさんいますし……」
薄情かもしれないけど、父にも母にも異母きょうだい達にも、積極的に会いたいとは思わない。
なにより、元夫のアドルファス。原作通りならすでにヒロインのリリアナと出会い、少しずつその距離を縮めている頃だ。そんな時にうっかり二人に会ってしまったら……。悪妻はとっくに退場したつもりでいるけれど、どんな流れで悪役ポジションを押し付けられるか分かったものではない。君子危うきに近寄らず、だ。
「それに、私はここが気に入ってるんです。このディウドの町と、町の人達が」
恩人であるダンさんとハンナさん。ジェイクさん達、リコリス亭の常連さん。教会のシスター。
みんなのおかげで、私もロウェルものびのび楽しく過ごせている。
若様もまぁ、私を口説くのさえなければいい人だ。魚卵も差し入れてくれるし。
「つまりロジーは、これからもこのディウドで暮らしていきたいと?」
「はい、できれば」
力強くうなずくと、若様は「ふぅん……」と何やら考えるそぶりを見せてから、「よし」と手を打った。
「そういうことなら僕も全面協力しよう。手始めに、ロジー」
若様が、とてもいい笑顔になる。
「うちの守備隊で、聖女やらない?」




