23.VS超巨大妖獣 その3
「――3日の間で、あのとんでもない妖獣をなんとかしないといけないんだぞ? どうする?」
珍しく魔法少女達が会議を開いていた。
超巨大妖獣、俗称“顔なしブロントサウルス”が見えるビルの上で。柄にもなく紐野繋が議長のような役割を担っている。
「“どうする?”って言わてもね」と、それにファイヤビー。
「もう滅茶苦茶に攻撃をしまくるくらいしか手段は残されていないのじゃない?」
「あのな。それでなんとかなるのなら、今までの攻撃でなんとかなっているだろう?」
顔なしブロントサウルスは、既に数多の魔法少女達から攻撃を受けている。その全てに耐え切って来たのだ。しかも余裕で。あの妖獣には攻撃を受けているという自覚すらないのかもしれない。
「じゃ、どうするのよ!」
紐野の反論にファイヤビーは苛立った口調で嚙みついた。同じく苛立った口調で紐野は返す。
「だから、それを今考えているのだろう?」
雰囲気は非常に険悪だった。このままでは不毛な言い合いが続きそうだ。“これはいけない”と、恐らく思ったのだろう。キリが口を開いた。
「ちょっと待った。仲間内でいがみ合っていても仕方ないわ」
「じゃ、あなたは何か案があるの?」
「案?」とそれにキリ。
「案はないわね。ただ、そろそろ出て来ても良さそうな奴になら心当たりがある」
その発言に集まった全員が一瞬、頭にクエスチョンマークを浮かべた。が、直ぐに彼女の言わんとしている事を察した。
「K太郎! 出て来なさい! あんな化け物を相手にしているのに、あんた、少しも顔を出していないわよね?!」
契約用インターフェースキャラクター。彼女達の誰もが関わっている。
すると、
『やれやれ、』
と声が聞こえ、それから、
『確かに顔は出していないけどさ。そもそもがそーいう契約だったろう? 何度か言っているけど、ボクらは人間社会がどうなろうが構わないんだ。君らの社会を救いたいのは君ら自身であってボクらじゃない』
いかにも面倒くさそうな口調で喋りつつ、猫か兎か狐か分からないような風貌の白い獣が空中に現れた。
キリは怒った顔でむんずとK太郎の耳を掴む。
「そうね。でも、あなたはわたし達に解決の為の力を与えるとも約束しているわ。あんなの、今のままのわたし達の力じゃ倒せないじゃない」
K太郎は肩を竦める。
『そうかい? でも、頭は弱いじゃないか。もっとよく考えれば案外簡単に倒せる妖獣だと思うけどね』
「いや、無理でしょう」とそれに青蓮が反論した。
「馬鹿げたサイズの巨体と質量。超耐久力に高い回復能力。どう考えても今まででトップレベルの強力な妖獣。簡単には倒せないわ」
『そうかな? まだまだ試していない事はあるんじゃない?』
紐野はそのK太郎の態度に違和感を覚えていた。人間社会がどうなっても構わない。それは恐らく本心だろう。だが、あまりに滅茶苦茶になってしまったら、連中のビジネスはやり難くなるはずだ。なら、意図的に社会を破壊するとは考えられない。
“ガスタンクの爆発までは許せても、流石に原発の爆発までは見過ごせないのじゃないか? なのに、何故あんな妖獣を寄越して来たんだ? しかもまったく協力的な態度じゃないし”
もちろん、K太郎のバックにいる組織が妖獣を生み出していない可能性もあるのだが、仮にそうだとしてもまったく手を貸さずに傍観している理由にはならない。
“何か考えがあるのか? それとも本当に簡単に倒せる妖獣だとでも言うのか?”
「意地悪を言わないで手を貸してよ!」
キリがそう言ってK太郎を睨む。それを合図にまるで予め訓練をしていたかのように一隻に他の魔法少女達もK太郎を睨んだ。キリに耳を掴まれた状態のまま、K太郎は再びやれやれと肩を竦める。
『オーケー。仕方ないな。何もしなかったら、君らとの関係が悪くなってしまいそうだ。少しだけ手を貸そう』
そう言い終えると、彼は指を器用にパチンッと弾いた。すると、虚空から突然ティアラが出現した。透き通った銀色をしていて美しかった。
『魔法のティアラだ。君らのうちの誰が装着してもとてもよく似合うだろう』
耳を掴む手に力に込めるとキリが言う。
「そーいうのは良いのよ。早く効果を教えなさい」
『そう焦らないで。このティアラには周囲にいる魔法少女達の魔力を吸収する力がある。つまり、魔法少女達が魔力を溜めてる中で、このティアラを付けて魔法を放てば桁違いに高い威力になるのさ。ただし、一回だけしか使えないけどね』
それを聞くと、ファイヤビーは急にニコニコし出した。宙に浮かんでいるティアラを奪い取るようにする。
「そーいう良いものがあるのなら、さっさと出しなさいよ。なら、これ、あたしが付けるわね。顔なしブロントサウルスを燃やし尽くしてやるわよ」
紐野がそれを止めた。
「馬鹿、止めろ。倒せるかどうか分からないし、街が火の海になる」
「じゃ、誰が付けるのよ?」
「うーん…… 街への被害をできる限り抑えるのだったら、攻撃範囲が狭く、威力は高い魔法が適しているな。
一応言っておくと、まだプラスチック爆弾は余っているから、また妖獣の膝を破壊できるが、3日間しか時間は稼げない上にティアラは一度しか使えない。ここで決めないとかなりまずいぞ。
一人ずつ良さそうな魔法を言っていくか」
彼がキリを見たのでまずは彼女が口を開いた。
「わたしは、竜巻の刃かな?」
「威力は高いが周囲への影響が心配だな。保留」
それから魔法少女達が次々とそれぞれの持つ良さげな魔法を言っていた。
「アイシクル・クラッシュ。つららを落とすの」
「超・背通掌」
「スーパードロップキック」
「バリア」
「スーパーヒーリング」
どれもこれも使えなさそうなものばかりだった。“これは期待できないかな”と紐野は思いかけていたのだが、そこで思いも寄らない単語が飛び込んで来た。
「あたし、超電磁砲」
「はい?」
見ると、それを言ったのは魔法少女ライだった。
「だから、超電磁砲」
紐野は目を丸くする。
「ちょっと待て。それってマジか? もし、そんなもんが使えるのなら、それしかないんじゃないか?」
……通常の弾丸や大砲などは火薬を爆発させ、その運動エネルギーを推進力に利用する。その為、その威力は爆発力の制限を受ける。火薬の爆発力を超えるスピードで、弾丸や砲弾を放つ事はできないのだ。
しかし、電気の力を利用して加速するのならばその制限を受けない。その原理を応用した兵器が電磁砲である。原理上、莫大なエネルギーさえ使えば凄まじい威力を出す事が可能だ。
どうやら電磁気力を操る魔法少女であるライには、その電磁砲が撃てるらしい。
「でも、砲弾はどうするの? 最悪、ある程度の大きさがあればなんでも撃てるけど、やっぱり威力を高くしたいのならちゃんとした物の方が良いわよ?」
魔法のティアラで魔力を集めて放つ魔法は、満場一致でライの超電磁砲に決まった(多少はファイヤビーが抵抗したが)。その後でライはそう問題提起したのだ。
「なら、魔法少女ファン・コミュニティに書き込んでみるか。事情を説明した上で、協力を求めてみよう」
紐野の提案にキリは「そんなに都合良くいくぅ?」と疑問の声を上げたが、間を置かずに直ぐに返信がついた。
『うちの企業が協力しましょう』と。
“ハイ・ネクストアプローチ”
その企業名に、紐野とキリは覚えがあった。
根津。
自らを妖獣と名乗ったあの男が重役を務める企業の名だったのだ。
3日後。
ヘリコプターで、超電磁砲用の砲弾が届けられた。
直径1メートルほどもある常識外れの巨大な砲弾で、果たして実用目的で製造されたものかどうかも定かではない。何処から調達したのかは教えてもらえなかったが、根津によればギリギリ違法ではないのだそうだ。
「いやー。こんな面白そう…… もとい、楽しそうな事に参加しない訳にはいかないと思いまして」
ビルの上。ニコニコ顔でやって来た根津はそう言った。
「それじゃ言い直しになっていませんよ、根津さん」
とキリがツッコミを入れると彼は「アッハッハ」と楽しそうに笑った。
現在、顔なしブロントサウルスの前脚はほぼ治りかけていて、今にも動き出しそうだった。スピーダーが尋ねてみると、『いい感じ~』という返答があった。もしかしたら、無理をすればもう動けるのかもしれない。
届けられた砲弾には企業ロゴがプリントされてあった。
「この妖獣退治には全世界が注目していますからね。宣伝に利用させてもらいます」
というのが根津の言葉。無利益で協力するはずがない…… と言うよりは、これは会社の人間達を説得する為の建前なのだろう。
「さあ! 始めましょうか」
準備が整うと、魔法少女ライがそう言った。彼女は空中に浮かんでいる。頭にティアラを装備して。顔なしブロントサウルスの真正面。何処がこの妖獣の急所かは分からないが、脊髄の周辺を狙うのが堅いだろうという事になってそう決定された。距離は50メートルほど。あまり離れると外す可能性が出て来るし、近過ぎると寄生妖獣の邪魔を受ける可能性がある。それで、その距離に決まったのだ。砲弾が貫通して街を破壊してしまう危険を考慮し、斜め上から地面を狙うような角度にしてある。
ブーンという静かな機械音のような音が響く。ライの目の前には、超電磁砲用の特殊砲弾が浮かんでいる。電界獣プラスとマイナス。二匹が静かに回転を始める。その間で磁界獣NとSに変わり、少し回転してはまた電界獣に戻る。回転速度が上がれば上がる程、その頻度は増していき、やがてはまるで点滅するようになった。
彼女の直ぐ近くの後方にはたくさんの魔法少女達の姿があった。もちろん、ライに魔力を注ぐ為だ。
ライが叫ぶ。
「魔法のみんな! オラに元気をわけてくれ!」
……多分、誰もがツッコミを入れたかったに違いないが、我慢していたようだった。ツッコミなしでもライは気にしていない。彼女に魔力が注がれていく。肉眼でも、寂光を放つエネルギーの帯が見えている。すると、電界獣達の回転速度が更に上がり、ビリビリとした圧力まで発し始めた。凄まじいエネルギーが、電磁気力となって発現しているのだ。
少し離れたビルの上から、紐野繋はその光景を見守っていた。柵を握る手に力を込める。
「多分、後少しでマックスにまで到達するな」
そう彼が呟いた瞬間だった。顔なしブロントサウルスがピクリと反応するのが見えた。
“なんだ?”
と、彼は思う。ただ、何か、物凄く悪い予感がした。
“あいつは確か、エネルギーを踏み潰したいとか言っていたよな? そして、目の前には凄まじい魔力が溜まった魔法少女がいる。まさか……”
顔なしブロントサウルスが声を発した。
『あっ! 物凄いエネルギーだ! 踏み潰さないと!』
後脚で立ち上がる。前脚で魔力が溜まったライを踏み潰す気でいるのだろう。
それを見て、ライは悲鳴を上げた。
「ちょっとぉぉ! これやっている時、あたし、あまり動けないんだけどぉ!?」
“まずい”と紐野は思う。
「スピーダー! 頼んだ!」
そう紐野が指示を出す前に、既にスピーダーは動いていた。
「分かってるって!」
そして猛スピードでライにまで辿り着くと、ライを肩車にして担ぎ、瞬く間にブロントサウルスの側面に回り込んだ。「ぬあああ!」と、そのスピードにライがビビっている声が聞こえて来る。他の魔法少女達はどう動けば良いのか困っているようだった。素早く作戦を練り上げると、紐野は叫ぶ。
「他の魔法少女達はそこで待機していてくれ!」
その指示に従って、魔法少女達は空中にとどまる。それを見ると紐野は今度はスピーダーに指示を出した。
「ブロントサウルスの周りをグルッと回って戻って来てくれ!」
「アイアイサ! うんならかすよー!」
やや大回りで、彼女は顔なしブロントサウルスの後方に回り込む。すると、尻尾で攻撃をして来た。もっともその攻撃は、彼女にとってはあまりに鈍すぎた。余裕で躱すと反対側の側面に入り、そのまま回り込んで元の場所を目指す。
その顔なしブロントサウルスの動きに紐野は多少の違和感を覚えた。
“踏み潰す事にこだわっているのかと思っていたのだが、そうでもないんだな…… しかし、それなら何故……”
やがてライとスピーダーが元の場所にまで戻って来る。
顔なしブロントサウルスは後ろを向こうとしていたが、それで再び魔法少女達の方に向き直ろうと逆回転する。完全にスピーダーの速さに翻弄されている。動きが遅い。正面を向くと、再び踏み潰そうと前脚を上げた。
が、そのタイミングだった。
「魔力エネルギーマックスまで充填完了!」
そうニヤリと笑いながらライが言う。それから叫んだ。
「いくわよー! とある魔法の超電磁砲!」
ツッコミを入れたかったが、誰も入れなかった。彼女は気にせず砲弾を放つ構えを取る。
その次の瞬間、特大の砲弾が顔なしブロントサウルスの真正面にぶち込まれた。首を貫通し、胴体に抜け、ちょうど脊髄が通っていそうな辺りに大きな穴を空ける。地面に突き刺さった。
“やったか?!”
次の顔なしブロントサウルスの反応を紐野達は固唾を飲んで見守った。そのまま倒れてくれればよし。そうでなければ……
やがて声が聞こえた。
『もー。身体に穴を空けるのなら、先に言っておいてよ。もー』
いつも通りの呑気な声。
“効いていない?”
紐野は戦慄を覚えた。
魔力のエネルギーが消えたからだろう。そのまま何事もなかったかのように顔なしブロントサウルスは進み始めた。地響きがする。
ズシンッ
「ちょっと話が違うわよ? これで倒せるのじゃなかったの?」
ファイヤビーの悲鳴に近い抗議の声が聞こえて来た。
紐野は愕然となる。
“そんな、これで倒せなかったら、一体、何をどうすれば倒せるんだ?”
半ばパニックに陥りかけていた。が、それでも彼は頭の片隅で猛烈に思考していた。何かが分かりかけていたのだ。K太郎の態度。さっきの顔なしブロントサウルスの妙な動き。絶対におかしい。
“弱点が何処かにあるはずなんだ!”
そこで彼は思い出した。顔なしブロントサウルスとスピーダーの会話を。
「そうなの? 何処が弱点なの?」
『えー 教えないよー。隠しているもん』
「隠している場所にあるの?」
『そうだよー』
“弱点は隠してあるって確かあいつは言っていたよな? それはまさか体内って意味じゃなくて。K太郎はあいつは頭が弱いとも言っていた……
なら!”
彼は叫んだ。
「キリィィ! そいつの頭を狙って攻撃してくれ!」
魔法少女達の中からキリの声が聞こえる。
「頭って…… ないじゃない!」
「だから、その“見えない頭”を狙ってくれって言っているんだよ!」
半信半疑な様子だったが、それでもキリは風の斬撃を顔なしブロントサウルスの頭部がありそうな位置に放った。
すると、
『わー! 痛い~!』
と、初めて顔なしブロントサウルスが悲鳴を上げたのだった。魔法少女達はそれに顔を見合わせる。
「みんな! 頭を狙ってくれ!」
と、紐野は声を上げたが、それよりも早く彼女達は動いていた。
ファイヤビーが炎の魔法で攻撃する。それにも『熱い~!』と妖獣は悲鳴を上げた。そして激しく首を動かし、攻撃を躱そうとした。この妖獣が攻撃を躱そうとするのも初めてだ。そこにライが電界獣プラスを放ち、マイナスからの雷撃をヒットさせる。
『わ~! しびれる~』
顔なしブロントサウルスが首を動かしているので、他の魔法少女達は攻撃を当てづらそうにしていた。それを予想してか、スピーダーがワイヤーを握って首を駆け上がっている。
「みんな、うんならかしていこ~! よいしょー!」
と、それをブロントサウルスの首に巻き付ける。そして猛スピードで下まで降り、ワイヤーをパワフルンに渡した。
「首だけなら何とかなりますわ!」
そう言うと彼女は「ふんぬらぁぁぁ!」と気合を入れてワイヤーを引っ張った。顔なしブロントサウルスの首が抑え込まれて動きが鈍くなる。
「今だ!」
と、そこに魔法少女達は攻撃を加えた。アイシクルが巨大な氷柱を落とし、青蓮が蹴りを入れ、バリーがバリアで殴る。
やがてその間で魔力を溜めていたキリとファイヤビーが同時に声を上げた。
「みんな、どいて!」
それで魔法少女達は一斉に退避した。
キリが叫ぶ。
「竜巻の刃!」
ファイヤビーも叫ぶ。
「メラメラ・スペシャル! トルネード!」
風と炎の渦が混ざり合って、顔なしブロントサウルスの頭部を攻撃した。一際大きな悲鳴が上がる。
『ぎゃー!』
そして、その後で、
『こりゃダメだ。バタンキュー!』
という声と共に顔なしブロントサウルスは横に倒れていった。そしてそれから地面に衝突する寸前で身体は何故か液化して、街に大量の灰色の液体が広がったのだった。
ドバシャアァァァ!
という巨大な音。
それを皆は唖然とした顔で見る。
「……これは、この妖獣は本当は液体だったって事か? それを無理矢理に頭部のなんらかの力で固体化していた?」
そう紐野は呟く。
素人考えだが、驚異的な耐久力と回復力の高さはそれで説明できそうな気がした。
一呼吸の間の後、
「やったぁぁぁ!」
という魔法少女達の喜びの声が空の上から聞こえて来た。




