6.森を進んで
僕はエリスティアとシエナの二人を連れて、森の中を移動していた。
ただ闇雲に森の中を進んでいるわけではない。
「北東にある《アルフェン》の町なら、一先ずは安全なんだね?」
「はい。そこにはわたしのお屋敷もありますし、まずはそこを目指したいと思います」
エリスティアの活動拠点がその町にあるようだ。幸い、僕はその町の近辺を訪れたことはない。ただ、歩いていくには少し距離がありすぎる。
途中の村か町で、馬車を確保する必要はあるだろう。
だから、正確に言えば今の僕達の目的地は、森を抜けた先にある人里ということになる。
先頭を歩くのは僕で、後ろからエリスティア、後方にシエナという形で一列に並んで進む。
もう少しペースを上げられたら楽なのだが……ちらりと後ろを見ると、少し疲労している様子のエリスティアが見えた。
もとより、ドレス姿である彼女は森の中を移動するのに適していない。
そもそも王族の娘であることを考えれば、森の中を抜け切るだけの体力があるかどうかも怪しかった。
一番後ろを歩くシエナも、呼吸が少し乱れているのが分かる。
彼女は護衛を名乗るだけあって鍛えているのだろうが、先ほどの怪我が完全に治り切っていないのだろう。
ペースは上げられないし、かといってこのまま進んでも抜け切れるかどうか怪しい状態……となれば、やることは一つだ。
「もう少し進んだら、今日は森の中で野宿をしようか」
「え、森の中で、ですか?」
「なっ、エリスティア様を野宿させるなど……そんなことはできません!」
エリスティアではなく、シエナの方が反論してくるだろうことは分かっていた。
だから、僕はすかさず彼女の言葉に答える。
「今のペースでは一度に抜けるのは無理だ。それこそ、エリスティアの体力が先に尽きてしまう。君が動けなくなるのも困るんだよ」
「私は……平気です」
「エリスティアのことを考えての提案だよ」
「っ」
エリスティアの名前を出せば、シエナは反論してくることはなくなる。
実際、僕の提案が間違っていないことは、シエナも理解しているのだろう。
「ごめんね、シエナ。わたしは野宿だって平気よ。リーセさんの言う通り……このまま進んで暗くなってしまう方が、危険かもしれないし」
「……そう、ですね。申し訳ありません、私が怪我をしなければ」
「あなたのせいじゃないのよ! わたしの方が……その、体力もないし」
「はい、お互いに自分を責めることはやめよう。このまま進んで、休めるところがあれば今日はそこで野宿をすることにするよ」
「はい。ありがとうございます、リーセさん」
「別に感謝されるようなことはしていないよ。さ、ここは足元が悪いから、気を付けて」
「あ、ありがとうございますっ」
僕はエリスティアの手を取って、彼女をエスコートするように森の中を進む。
ちらりと後方に視線を送ると、複雑な表情を浮かべるシエナの姿が目に入った。
――それは私の役目なのに。
そう、顔に文字でも書いているようで、僕は思わず笑ってしまいそうになる。
随分と分かりやすくて、むしろ可愛くすら思えてしまうくらいだ。
だから、僕は彼女にも声を掛ける。
「シエナ、君も怪我が治り切っていないんだ。手を貸そうか」
「……私への気遣いは無用です。エリスティア様のことをお願い致します」
「! そうよ、シエナ。あなた、怪我をしてるんだもの。その、ご迷惑ばかりかけてしまって申し訳ないのですけれど、わたしは大丈夫ですのでシエナのことをお願いできますか?」
「な……エリスティア様っ。そのようなことは――」
「シエナ、これはわたしのわがままなの。お願いだから、受け入れて?」
「……っ、エリスティア様が、そう仰るのなら……」
物凄く不服そうにするシエナに、僕は肩を貸す。
華奢な身体つきの彼女は、肩を貸しても僕の負担にはほとんどならないくらいだった。
エリスティアに聞こえないように、僕はシエナに声を掛ける。
「ようやく素直になってくれたのかな?」
「……エリスティア様のお言葉だから仕方なく、です。私は、まだ貴方のことは信用していません」
「ははっ、それは寂しいことを言うなぁ。僕は君達を助けたし、それに今だって君達のことを考えて野宿を提案したのに」
「エリスティア様がお優しすぎるだけです。先ほども言いましたが、私は貴方の名前をどこかで聞いた覚えがあります。それも、決していい意味ではなく」
「だから警戒をしている、と?」
「当然です。エリスティア様はこの国の王女なのですよ。それなのに、見合った報酬がなければ助けない、などとのたまう者を、信頼しろというのが無理な話です」
「それは僕と君の立場の違いだよ。僕は騎士でもなければ、君のように彼女を慕っているわけでもない。言ってしまえば、僕はこの国の行く末になって興味がないんだ――だからこそ、僕が彼女と契約を結ぶのに必要なのはお金なんだよ。見合った報酬があれば、僕はそれに応えるだけさ」
「……やはり、貴方とは意見が合うことはなさそうですね」
僕の言葉を聞いて、シエナは視線を逸らして言う。
僕は取り繕うつもりなどはない――お金で雇われたから、それに見合っただけの仕事はする。その分、見合った報酬は当然のようにもらう。
当たり前のことを当たり前のようにしているだけだ。
――だからこそ、少なくともエリスティアを慕っている彼女とは、意見が合うはずもない。
「だろうね。まあ、僕がエリスティアのことを好きになったら別かもね?」
「な――」
シエナがバランスを崩す。僕はその身体を支えた。
「シエナ、大丈夫……!?」
「は、はい。ご心配には及びません。つまずいただけですから――滅多なことを、口にしないでください」
キッと睨むような視線を向けられ、僕は「ごめんごめん」と謝罪を口にする。
明確にシエナが怒っているのは僕に伝わってきた。
けれど、これで大体シエナという少女のことは理解できたから、よしとすることにしよう。




