第95話 ミルクとヒッキーの挙式
仮想現実の世界で賞金三百万円がかかったクエストに挑戦中の強、くのいち、琢磨、ミルクの四人。いよいよラスボスのヒッキーが姿を現す。ミルクの貞操がピンチだ。急げ強とくのいち!
オルガンの演奏を終え、シスターが二人に近づく。
「この前やっとバチカンからお許しが出てね、私達修道女も結婚の司式ができる事になったんだよ。ジェンダーフリーの流れがここまで来たんだね」
シスターは祭壇の後ろ上方に飾ってある十字架を見つめて声を上げる。
「我々はこの良き日に、主のお導きによりここに集う機会に恵まれました。新郎比企新斗と新婦森野ミルクの婚姻の儀を取り行う事に祝福あれ」
ヒッキーがミルクの腰に右腕を回し引き寄せる。その右側に刃渡り一メートルはあろうかという肉切り包丁を持ったシェフが立っている。背後には機械メイドがピタリとついている。
「ちょ、ちょっと〜」
「大人しくした方がいいです、と」
シェフの長い肉切り包丁が光る。
「お召し物がシワにならない様にしっかりお持ちしていますから」
メイドはミルクの服をしっかり掴んでいるので彼女は身動きが取れない。ミルクの表情が蒼ざめる。
「(わ、私ここで無理矢理入籍させられて〜eスポーツ王国の子作りマシーンにされちゃうの〜?……あぁ、なんか今までの人生が走馬燈の様に回り出してきたわ〜。ポップキャンディ、チョコバット、たまごボーロ、ココアシガレット、当たり付きのあんこ玉、モロッコヨーグル、前田のクラッカー、ベビースターラーメン、水に溶かして作るコーラの素、ゴムチューブに入っていたたまごアイス。十円くらいで買えたけどどれも美味しかった……なんてノスタルジーに浸っている場合ではないわ。いったいあんたどの時代から来たのよ、森野ミルク! 少しは考えて!)」
ミルクはシスターに問いかける。
「ちょっと待って。結婚式なんだから立会人が必要よね〜。呼んでくれるかしら〜?」
場面変わり再びくのいちと強の部屋。強がくのいちに抱き着こうとして、彼女の体をすうっと透過してしまい、元の姿勢に戻ろうとする。二人の離れ際に、くのいちの右肩を貫通していた強の左の手のひらが彼女の右胸に触れる。
「強、オッパイ触った」
「触ってねえだろ」
「触った」
「全然気づかなかったぞ」
「ミルクのだったら気づいたの?」
「お前なぁ。俺達は今リラックスモードなんだぞ。そーっと触らなきゃ分からないだろう」
「分かったわ。そーっとね、そーっと」
くのいちは強の胸の方にゆっくりと両の手のひらを近づける。くのいちから五十センチくらい離れて立っている強もそれに合わせて手のひらを伸ばす。二人の手のひらが触れ合う。
「そーっとだ」
二人はそのまま抱き合い唇を近づける。
すると、まるでお約束の如くテレビの画面が変わり、午前0時の時報を知らせる。同時にシスターこと宿の受付の老婆の声で館内放送が流れる。
「只今より新郎比企新斗と新婦森野ミルクの婚礼の儀を行うよ。参列希望の方、立会人を務められる方は館内の式場まで来ておくれ。繰り返すよ。只今より新郎比企新斗と新婦森野ミルクの……」
テレビの映像はミルクをやや強引に引き寄せているヒッキー、ミルクの脇でガードを固める肉切り包丁を持ったシェフ、背後でミルクの動きを封じている機械メイド、それらを取り仕切ってマイク片手にアナウンスをしているシスターを映し出している。
「えっ、ヒッキーとミルクの結婚式? 俺達の式じゃないのか?」
とおどけてみせる強。
「あんたにしては気の利いた冗談を言うわね。で、どうする?」
「放っとくか?」
強が耳元でそう囁いた時、唇が微かにくのいちの頬に触れる。くのいちが赤くなる。
「あんた、あたしを試してるでしょ?」
「仲間がピンチの時は何があっても全速力で駆けつける。ガーディアンデビルズの大原則のルールだ」
「そんな事をあの乳のでかい魔女も言っていたわ」
「お前、口が悪いなぁ」
「強、あたし戦闘服に着替えるからあっちの部屋に行ってて」
「分かった。俺も着替えてくるから、俺がOKと言うまで勝手に俺の部屋に入ってくるなよ」
「あんたがパンツを脱ぎ終わった途端に『OK』とか言っちゃダメよ」
「俺は変質者かよ」
防具を身に着け現場に向かって走り出す二人。くのいちは手裏剣を頭上でクルクルと回し、ソードプリンシパルを装備する。
「あんた、この施設は安全そうって言ってたじゃない」
「今日のところは、と言った筈だ。十二時を回って日付けが変わっちまった。で、どうだったリラックスモードは? 優しく、いたわる様に触れ合えたのか? お嬢?」
「うるさい。聞かないで」
くのいちが強を見ると、彼は防具と盾は持ってはいるが、武器は無く丸腰。
「あんた、武器はどうしたの?」
「盾は湖の先の防具屋で調達した。あとは現地調達だな」
「あんたの木刀、ボロボロのまんま?」
「あれは元のボールペンに戻った。琢磨に返しておいた。今頃はちゃんと使える剣になっているだろう」
ところがそうはいかなかった。琢磨は機械メイドに襲われて久慈川に流される時、ボールペンをどこかになくしてしまったのだ。
強とくのいちはウェディングドレスが飾られているショーウインドウのある廊下を抜け、チャペルのドアにたどり着く。
「ここか!」
強がドアをバタンと蹴破る。
「えっ?」




