第94話 ウエディングトラップ!
この世界でのラスボスであるヒッキーの能力は『なりすまし』の様だ。他の人物になりすまし、時には入れ替わり、ガーディアンデビルズを翻弄する。
場面変わり再びくのいちと強の部屋。二人の会話が続いている。
「じゃあ何? ミルクが死ねと言ったらあなたは死ぬの? ミルクがやれと言ったらあなたは私とセックスするの?」
「王様ゲームはもう終わっている。命令を実行するかは俺達次第じゃないのか?」
「ミルクの命令を実行するかしないかは、私達次第よね。だったらあんたが決めて!」
くのいちは両腕を斜め下にハの字形に広げて胸を張る。そして強を真っ直ぐに見つめる。整った目鼻立ち、長い黒髪に長い手足、引き締まった体のラインが美しい。しかし彼女の一生懸命な振る舞いは強から見れば一方的、わがままにも映る。
ミルクの王様ゲームの命令の件、先日マッタ周辺で理不尽に追いかけられた件、アウトレットで執事という名の奴隷を勤めさせられた件、家賃滞納で拷問を受けパンを食べさせられてゲロした件、などが強の頭の中をぐるぐると回転する。
「(くのいち様は俺の方から告らせたいという訳か)」
強はくのいちをにらみ返す。
「お前みたいな鼻っ柱の強い女には、強引に行かなきゃダメなんだよな!」
強はくのいちに激しく抱きつき、唇を奪う……つもりであったが二人の体はすうっと貫通してしまう。
「ミルクの浄化モードだ! ヤバい!」
「落ち着け、これは宿のリラックスモードだ。お互いの強い接触は攻撃とみなされキャンセルされているんだ」
「(そういえばお風呂でミルクの背中を洗おうとした時、あたしの手が背中にめり込んだのもこれか)」
場面再び結婚式場。ウェディングドレスを着たミルクが、機械メイドに付き添われて試着室から衣装部屋に出てくる。肩を露出したビスチェタイプのドレス。豊かな胸、引き締まったウエストに映える。彼女は大きな姿見の前で立ち止まる。そしてポーズを取る。
「これが私? 夢みたい」
うっとりとしているミルクに機械メイドが言う。
「ミルクさんは異人さんだからこのタイプが似合いますね。お望みなら簡単なフェイシャルとヘアメイクも出来ますよ」
「(もしかしてこの子がフェイシャルとヘアメイクをしてくれるの? ちょっとビミョー)」
さすがミルク。彼女のポンコツさを見抜いている。
先程のシスターが近づいてくる。
「気に入ったかい?」
「なんかいつもの自分じゃない気がしちゃいます〜」
「新郎も準備が整った様だよ」
彼女は再び頭上で指をパチンと鳴らす。辺りはチャペルへと戻る。
シスターはオルガンの前に再び腰掛け、結婚行進曲を演奏する。照明が消えてスポットライトが灯る。そこを花婿衣裳を着た琢磨がライトと共に歩いて来る。
「琢磨さん!」
「ミルクさん! なんて素敵な衣装なんだ。ミルクさんに完璧に似合っている」
「なんだか本当の結婚式みたいだね〜」
「素晴らしい式場ですね。僕はもう決めました。結婚しましょう!」
琢磨は小さな箱を開け、婚約指輪をミルクに見せる。ダイヤモンドが輝いている。
「(琢磨さん、指輪はルビーで良かったのに……ってサイズも知らずにいきなり指輪を渡すなんてリアルの世界じゃ不自然かも……)」
そんな事を小声で呟いてミルクは改めて琢磨を見つめる。身長は百五十八センチくらいでミルクよりやや小さい。本物の琢磨はミルクより十センチ以上高かった筈だが。
「僕はこれからeスポーツでビッグになってみせます。僕の父親の会社はスマホゲームの新作アプリを近日リリースする予定です。当たれば株式を上場して億万長者を目指します」
ミルクは驚いて琢磨を見つめる。
「あなた、琢磨さんじゃないわね」
「あなたには僕の創るeスポーツ王国のお妃様になってもらいます。僕とあなたは結婚してeスポーツ王国を素晴らしい子孫で満たしましょう」
「ヒッキー、正体を現して!」
琢磨は両手で顔を覆い隠す。
琢磨の顔面はぐにゃぐにゃと変形していく。
髪型も徐々に変わり、ヒッキーの顔になる。声もヒッキーに変わる。
「見かけだけじゃなくて仮面の下の僕の心も見て下さい。ミルクさんに生徒指導室で鍛えられている内に、好きで好きでたまらなくなってしまいました。ダイブの世界で出会いを求めるのは間違っているのでしょうか?」
「出会いをすっ飛ばしていきなりゴールインしようとしてるでしょ!」
ところで本者の琢磨はどこにいるのだ?
実は彼は花婿衣装の試着室で機械メイドに背後から襲われ、ぐるぐる巻きの簀巻きにされた挙句、久慈川に流されていたのだ! ミルクが衣装選びをしている間にこれだけの事をやってのけるとは、さすが中ボスである。




