第92話 賞金ゲットでイギリスに二人で旅行
『仲直りのキスをしなさい』とミルクの命令を受け、部屋に二人きりとなった強とくのいち。
一方の琢磨とミルクは今回のクエストの賞金の皮算用をする。四人の賞金総額は三百万円。もちろんこれは最後までクリアできればの話ではあるが。宿の結婚式場を見学して、ミルクの妄想が膨らむ。
残ったのは強とくのいち。
二人はしばし無言で室内でくつろいでいるが、なんとなく気まずくなってくる。
「テ、テレビでもつけるか?」
「そ、そうですね」
緊張のためか丁寧語になってしまったくのいち。強はテレビの画面を無意味に熱心に見つめ、くのいちは宿の説明のファイルに一生懸命なフリで目を通している。
場面変わって宿の廊下を歩いているミルクと琢磨。
「あまり早く部屋に戻っても迷惑だろうし、戻るタイミングが難しいですね」
「バッチリのタイミングを携帯に撮って後でチョコに送ろうよ〜」
そう言いながら横にいる琢磨の手に自分の手を伸ばすミルク。琢磨の手がそれをしっかりと掴む。『あの二人には負けない』という気持ちになっているのであろうか。
廊下を進んで行くとショーウィンドーが現れる。ウェディングドレスのマネキンが何体か飾られている。ミルクはそれに目を奪われる。
「この宿は結婚式も挙げられるんだ〜」
廊下を更に進んで行くとドアに突き当たる。ドアを開けると中はチャペルになっている。ステンドグラス、祭壇、十字架、オルガン、木製の長椅子を眺めながらミルクと琢磨は中央の通路を進んで行く。
「結婚かぁ。最近は魚池コスメ&ドラッグズのバイトやガーディアンデビルズの収入でちょっとお小遣いが貯まってきたけど、結婚資金にはまだまだだな〜」
「ミルクちゃん、今から結婚資金の心配をしてるの? ヒッキーの賞金三百万円は気になる?」
「もちろんお金は欲しいけど〜、今回のクエストでの私の働きに見合う報酬がもらえれば十分だよ〜」
「じゃあこのクエストで頑張って資金を貯めなきゃね。取り敢えず今欲しいものとかはあるの?」
「私の故郷では、娘には親がHope Chestを買ってくれるんだよ〜」
「ホープチェスト? 希望の胸?」
琢磨がミルクのバストをチラリと見る。
ミルクは両方の手のひらで胸を覆ってみせる。
「Chestはタンスの事だよ〜」
「そうでしたね。ど忘れしていました」
「娘が結婚する時に備えて、親がお洋服やレースのカーテンなんかを少しずつ準備してくれるの〜。それで結婚の時タンスごと持っていける様にするんだよ〜」
「女の子は小さい時からお嫁に行く準備をするのですね」
「そういえば、イギリスの実家の両親に最近会ってないな〜。夏休みにでも行きたいけど、ちょっと飛行機代がね〜」
「じゃあ今回のクエストで賞金をもらえたら行けますよね?」
「琢磨さん、グッドアイディア〜。ねぇ、賞金がいっぱい出たら、二人で行かな〜い?」
「えっ、僕がついていっていいのですか?」
「うちの実家に泊まれば宿代、食事代は多分実費だけだよ〜」
「僕もイギリスは一度は行ってみたかったんですよ」
「うちは田舎だから何も無いけど、自然だけは豊かだよ〜」
「じゃあこのクエスト、なんとしてもクリアしないといけませんね」
「夏休みの旅行、約束だからね〜」
「(琢磨さんが私の実家について行ってくれる! もしかしてうちの両親に自己紹介や挨拶とかしてくれるの? それで両親公認、なんてなったりして……)」
先走るミルク。嬉しさの余り、二人の今後についての妄想がどんどん膨らむ。
「(やっぱ式は教会式がいいよね〜。婚約指輪は何がいいのかなぁ。誕生石ならルビーだけど〜。ハネムーンはやっぱりあそこだよね〜。マカデミアナッツ、アサイー、熟成ステーキ、パンケーキが名物の〜……)」
場面戻ってくのいちと強の部屋。ミルクと琢磨が去ってから二人の間によそよそしい空気が流れている。
「強、お茶でも飲む?」
「お前が淹れてくれるのか? サンキュ」
くのいちが一瞬ドキリとする。
「(お前が入れてくれるのかって……そういえばこの前ヤンキーや携帯アーミーの子と、フランクフルトで入れてあげる準備の特訓をしたのよね……ってこんな時に何考えているのよ私、バカ! バカ!)」
「どうした、くのいち? 顔が赤いぞ?」
「なんでもない」
そう言いながら、くのいちはお茶っ葉を急須に大量に入れて、注いだお湯はドボドボと溢れている。強はお茶を飲むのを諦める。
「なんかこうしていても手持ち無沙汰だな。もう一度風呂にでも行くか?」
「でも大浴場は男女別だよ」
「そりゃそうだ。そんでこの宿には……」
「家族風呂は無い。さっき調べた。あるのは……」
くのいちは部屋の内風呂を指差す。今度は強が赤面する。
「どうしたの、強。顔が赤いわよ」
「(話を逸らす様に) さっきのミルクの王様ゲーム、何だったんだろうな」
「何って、『王様の命令は絶対』ってやつでしょ?」
「俺達は全員目をつぶっていた。画鋲の事で手を上げた二人はキスをしろ、って命令されたが、あれじゃあ誰の事だかわからねえ」
「あたしは分かるよ」
強、しばしくのいちを見つめる。
「……やっぱりそうか。実は俺も分かってはいたんだ。ミルクの質問は間違っていた。俺の靴に仕込まれていたのは画鋲じゃなかった。あれはまきびしだった」
「まきびし? まるで忍者みたいね」
「この部屋には女の忍者が紛れ込んでいる。そいつとキスしろ、というのが王様のご命令だ」




