第91話 ミルクの王様ゲーム
能力に問題のある人間が自由に権力を行使するとろくなことにならない。その端的な例が毒親であろう。権力を得たミルクは一体何をするのか?
ひと段落した後で琢磨が皆に言う。
「ここら辺で気分を変えて王様ゲームでもしますか?」
「えーっ、琢磨ってそういうキャラだったの?」
「いえ、今回の宿泊ではミルクちゃんにお世話になっちゃったんで、お返しに王様をやってもらおうかと」
「そうだよな。俺たち危うく野宿するところだったし、ミルクが王様でいいぜ」
「え〜っ、私が王様でいいの〜?」
「強がそう言うならあたしはOKだよ」
「僕もミルクちゃんの家来になります」
「わかりました」
ミルクは軽く咳払いをして胸を張って立ち上がる。
「それではわたくしが謹んで王様の役を務めさせていただきます」
彼女は琢磨、強、くのいちを見つめる。
「まずは一同、そこに直りなさい」
口調が変わり、声も低音。赤い瞳が不気味に輝き緑色の髪が少し逆立つ。
くのいちと琢磨は正座をする。ミルクの言葉の意味が一瞬分からなかった強も二人の動作を見て正座する。
「よろしい。では王の権限に於いて命じます。一同、目を閉じなさい。許可無く目を開けた者の明日の朝食のメニューは目玉焼きです」
正座している三人に緊張が走る。
「(ヤバい、これ、マジなヤツだ)」
と心で呟くくのいち。
「……な〜んちゃって、冗談だよ〜。遊びなんだから〜。でもみんな、ちゃんと目は閉じてもらえるかなぁ〜? お口もチャックしてね〜」
一同、改めて目を閉じる。
「宜しい。では始めます。……先日、放課後の体育倉庫でズボンを下ろして一人でイケナイ事をしている人がいたと聞きました。クラスのみんなを疑いたくはないんだけど、心あたりのある人は挙手を願えますか?」
(第11話で、居眠りしていた強はチョコに身ぐるみ剥がされた)
また何か仕返しをされるのではないかとビビるくのいち。『あんたとはクラスは違うでしょ』とツッコミを入れるゆとりは無い。
「(ミルクの浄化モードを見せられた後で、しらばっくれる人なんているの? そ、それに体育倉庫ならあたしじゃない! ズボンじゃないし!)」
(第1話から派手に飛ばすヒロイン)
と彼女はややパニック気味に、余罪を追及されかねない思考に落ち入っている。
「(僕はちょっと遠くからミルクちゃんの浄化モードを見てしまった。僕の浄化モードとは雰囲気が全然違った。凄い迫力だった)」
琢磨は万引き少女節陶子とのダイブでクエストの終了際に発動した自身の浄化モードの一件を思い出していた。その詳細はまたいつかのエピソードで明らかになる事だろう。
「(俺は琢磨からミルクの浄化モードの様子を聞いたが、凄かったらしいな。昔の外国の魔女裁判みたいだったと。正直に告白をしない奴にはどんな仕打ちが待っているのか想像もつかねえ)」
暫くの沈黙の後で強の手が上がる。
ミルクは少し驚く。
「(えっ、本当に? ただの道徳ドラマの真似っこのつもりで聞いただけなのに。あれはチョコのいたずらだった事にまだ気づいていないの? ……はっ、それとも強君は毎日放課後に体育倉庫でイケナイ事をしているの? 今度琢磨さんと二人で見学会……じゃなかった、事実を確かめに行かないと)」
ミルクはヨダレを手首で拭って話しを続ける。
「わかりました。今の事は王様の胸の中にしまっておきます。では次の質問。最近学校の近くでスイーツショップ巡りをしている男子高校生がいる、と言う噂を耳にしました。心当たりのある者は挙手を」
(第43話。琢磨はスイーツの魅力にハマってしまったのか?)
一同が目を閉じている中、琢磨の手が上がる。これにはミルク、再び仰天。
「(えっ、なんかそんな噂を聞いたけど、琢磨さんだったの? 最近ちょっと太った様にも見えていたけど……そういえばこの前も一緒に帰ろうとした時、そそくさと先に帰っていた事があったわ。私を誘わないってどういう事? 私がもっと積極的に行かないとダメなのかしら。校長先生と琢磨さんが『みどりののサーブルのケーキが……』とか話しているのも聞いたし。あとでさりげなく問いたださなくちゃ。あまりプライバシーを詮索し過ぎると嫌われちゃうかもだけど)」
ここでナレーションが入る。
「琢磨は節陶子の一件以来、スイーツハンティングに目覚めてしまい、放課後や休日にはパティスリー巡りをしている。陶子の甘い香りに洗脳されてしまったのであった」
ミルクは気を取り直し、落ち着いた口調で三人に再び問いかける。
「次の質問です。最近男子生徒の下駄箱の靴に画鋲が入れられている、との報告がありました。被害に遭った人は挙手を」
今度は再び強の手が上がる。
「(強君の靴に画鋲? あり得ないでしょ! ケンカ十段だよ!)」
ミルクの質問は続く。
「それでは下駄箱の靴に画鋲を入れた事のある人がいたら正直に挙手を」
誰も手を上げない。一同が目を閉じていて誰も言葉を発しない静寂の中、ミルクはしばし強、琢磨、くのいちを見渡す。
「(誰も手を上げないって事は犯人は他にいるのね。学校の監視カメラの映像とかをもう一度チェックした方が良さそうね)」
すると一人が恐る恐る手を上げる。手は微かに震えている。百七十五センチの長身からすらりと伸びた腕は一直線に天井を向いている。くのいちだ。
「(くのちゃん! あなただったの? ダメでしょ! そんな事したら逆効果だよ! ……でもくのちゃんが強君にそんな事したのはもしかして私のせいなの? 私に何か出来る事は無いの?)」
ミルクは動揺を隠して威厳を保ちながらこう言う。
「わかりました。王様は皆の正直な心に大変感動しています。それでは王様の最後の命令を言い渡します。画鋲に関する質問に挙手した二名、ここで仲直りのキスをしなさい」
ミルクははだけていた浴衣を元に戻す。
「王様ゲームはこれで終了です。一同、目を開けてもいいですよ」
ミルクがパンッと一回手を叩く。強、琢磨、くのいちは目を開ける。ミルクの表情も元に戻っている。和やかな空気が室内に戻る。
「なんかいつもと全然雰囲気違ったな」
「結局、誰と誰がキスをすればいいんですか? 目を閉じていたので見当もつかないのですが」
ちょっと気まずい静寂が流れる。その空気を琢磨は敏感に読み取る。
「……僕、ちょっと外の空気を吸ってきていいですか?」
「私もロビーで新聞読みたいな〜。国際情勢とかチェックしたいし〜」
と言ってミルクが琢磨に目配せをする。
「そういえばさっきロビーからコーヒーのいい匂いがしていましたよね」
ミルクは小さな手荷物を取る。
「じゃあ私達、ちょっと出かけるね〜。一時間くらいで戻るから〜」
「お部屋でごゆっくりおくつろぎ下さい」
『パタン』とドアが閉まり、ミルクと琢磨は部屋の外に退散する。




