第89話 規制がかかる前の危ないビデオ
20年くらい前は、あどけない少年少女のビデオ、外人のお姉さんがワンちゃんとニャンニャンしているビデオなども気軽に電話で注文できた……と作者の友達が言っていた。ダイブの仮想現実では創造者であるヒッキーの秘密ストックの力量が試される。
風呂から上がった強、琢磨、くのいち、ミルクの四人は浴衣着で大食堂に入る。
『くのいちさん、浴衣が似合いますね』
『浴衣に合う体型ってあるよな』
……などのお決まりの会話はムードを険悪にするだけなので、ここでは無かった事にしておきたい。
食堂の壁沿いと中央にはテーブルが並び、各種の料理が取り放題になっている。
ミルクは赤い頭巾。頭のてっぺんには小さなコショウの容器のツノを生やして、『バイバイキ〜ン(グ)!』
と可愛く声をあげる。
「あ、ミルクちゃんは頭巾ちゃんですね」
「オマージュなのね、オマージュ」
とくのいち。
「いただきまーす」
昼は豚カツとパンケーキだったので、琢磨とミルクは和食の煮物中心に食べている。ミルクは一皿目を平らげて早くもおかわりに赴く。
「肉はまだ焼けないの? 遅いわよ!」
とクレームをつけているくのいち。昼にトンカツを食べようがパンケーキを食べようが、肉食獣には関係のない話だ。
「はいはい、一恵っち。もう少し我慢できるよねー」
となだめる強。
そこにワゴンに何皿か料理を載せたシェフが近付いて来る。
「お味は如何ですか、と」
「美味しくいただいていま〜す」
ミルクはワゴンのデザートに目が行く。
「あっ、このアーモンドティラミスいただいでもいいですか〜?」
「あなたの為に特別に作りました。どうぞご賞味下さい、と」
シェフはアーモンドティラミスをミルクの前に置く。
「ありがとうございま〜す」
「これからも当レストランを、ごひいきに、と」
シェフは顔をミルクの方に向けたまま体だけ反対方向に回転させる。その後顔も体に追いつく様に回転させて去って行く。
「次のダイブの時は、バトルは無しでレストランだけにしたいね〜」
「そうですね。ちょっと変わった感じの料理人でしたけど」
「ところでミルク、あんた結構食べるね」
楽しそうに食べているミルクにくのいちがやっかみ半分に言う。
「そうかな〜? ここのシェフの腕がいいからつい食べ過ぎちゃうんだよ〜」
ここでナレーションが入る。
「ミルクは普段食生活に気をつけている反動で、ダイブの世界に来ると食いしん坊になってしまうのであった。本来のミルクは甘い物やジャンクフードが大好きなのであった」
「マッタは私にとって神聖な食べ物なの〜。ジャンクフードじゃないよ〜」
とミルクはナレーターに反論する。
くのいちはやや声をひそめて強に言う。
「ねえ強、今のシェフ、ヒッキーじゃない?」
「その調子でいくと、いつか当たるかもな」
日頃から『カラダはオトナ♡ 頭はようちえん』とボケをかますくのいちは、名探偵気取りでヒッキーを探すつもりらしい。夏休みの映画化を狙っているのであろうか。
食後、強と琢磨の部屋。彼らは男二人で浴衣でくつろいでいる。
「風呂に入ったし、飯も食べたし、少しゆっくりするか」
「やっぱりこの宿、携帯の電波は圏外です。WiFiも繋がりません」
「仕方ない。テレビでも見るか」
強、テレビのスイッチを入れる。画面には、
『ビデオオンデマンド受付中。貴方の好みに合った作品を即座にデリバリー致します』
とのテロップが流れている。テレビの横には分厚いカタログが置いてあり、ビデオのリストの写真が載っている。強と琢磨はそれを一緒に眺める。
「なあ琢磨、面白そうじゃねえか。頼もうぜ」
「じゃあ僕も一つ。これって係に内線でビデオの番号を伝えればいいんですよね」
場面変わって宿の女子部屋。食事を終えて浴衣姿でくつろいでいるくのいちとミルク……のはずが二人の目はらんらんと輝いて、食い入る様にビデオのカタログを見ている。くのいちの手裏剣は部屋の金庫に大事に保管されており、ソードプリンシパルは目が届かない。
「『十二歳の男の子のヒミツ』これがいいんじゃない?」
「これはもしかして〜規制がかかる前のいけないビデオなの〜?」
くのいちはヨダレを垂らしている。
「リアルの世界では持っているだけでお巡りさんに『めっ!』されちゃうやつだよね」
「この作品の、放送大学ゴールデンタイムの放映には支障ないの〜?」
「大丈夫。『全年齢推奨』って書いてあるから」
「ダイブの世界の仮想現実って都合いいね〜」
場面再び強と琢磨の部屋。
「じゃあビデオの配達お願いします」
と言って内線電話を切る琢磨。まさかカノジョのミルクも女子部屋でビデオを注文しているとは思っていないだろう。
二人が部屋でテレビを暫く見ていると、『ピンポーン』と呼び鈴が鳴る。
「さっそくビデオが来たみたいだな」
そう言って強がドアを開ける。そこにはさっきの機械メイドが立っている。
「ご注文のDVDをお届けに上がりました。『十二歳の男の子のヒミツ』でよろしかったですか?」
強は少し面食らって答える。
「いや、それは俺達じゃないけど」
「あ、申し訳ありません! お隣の部屋と勘違いしていました!」
機械メイドは改めて恥ずかしそうに別のDVDを差し出す。
「こ、こちらのビデオでよかったんですよね?」
「そっちが恥ずかしそうにしているとこっちまで恥ずかしくなるんだけど」
と強もやや赤面して言う。
「も、申し訳ありません。私新人なものですから……」
「俺もそっち方面は新人みたいなもんだから。それで料金は?」
「料金はマジックポイントでのお支払いになります。五十ポイントです」
「僕が払おうか、強君?」
と部屋の奥で琢磨が言う。
「できればお支払いはあちらの方にお願いできますか?」
と機械メイドが琢磨に目をやる。
「じゃあ琢磨、任せた」
琢磨は部屋の入り口まで出て来て機械メイドの差し出した手のひらに自分の手のひらをかざす。ピッと音がする。
「ありがとうございます。また指名して下さい」
そう言ってお辞儀をして去っていく機械メイド。
それと同時に隣の女性陣の部屋からワゴンを引いて出てくるシェフを強は目にする。ミルクとくのいちは、ルームサービスの料理も注文したのであろうか。『12歳の男の子のヒミツ』も既に注文していた様だが。
「これからも当施設を、ごひいきに、と」
シェフは部屋の中に向かってそう言うと体だけを反対方向に向け、その後で首を体の向きに回す。そして強に軽く会釈をして去って行く。
ドアから部屋に戻った強は琢磨に言う。
「『また指名して下さい』か。今のメイドさんの様子見てたか? なんかポンコツっぽいけど初々しいな。次に選ぶビデオのタイトル考えなくちゃな。もっと恥ずかしいタイトルのやつ」
「僕も及ばずながら強君の力になります」




