第85話 佐々木小次郎じゃないけど燕返しに挑戦したい
いけ、くのいち! 強と燕返しの合体技を完成させるのだ!
二人のバトルを観戦していた老婆が拍手を送る。
「うひゃひゃひゃ、楽しい物を見せてもらったよ。でも四人の宿泊代にはちと足りないねぇ」
「俺のつばめ返しに何か問題でもあったのか? 俺は琢磨がカウンターで左腕から包帯を放つ事を予見して、奴の左足から脇腹へ返し技を放った。カウンターの隙をついた完璧な攻撃だったはずだ」
「残念だけどあんたのは本当のつばめ返しじゃない」
「つばめ返しは謎の技とされるが、未知の奥義があったのかーっ!」
と呟く強。
「つばめ返しは一人でやるもんじゃない。二人で行う合体技だ」
くのいちが強の元に駆け寄る。
「強、つばめ返し凄く良かったよ! 二人で『ガ・キーン!』と合体技を完成させよう! あたしなんでも協力するから!」
「お嬢、ちょっと待て」
とソードプリンシパル。
聴衆からはクスクスと笑い声が漏れる。
「若いっていいわよねー」
「俺だって若い頃にはだなぁ……」
ミルクははっとして琢磨に耳打ちする。
琢磨は『やっぱそうでしたか』とうなづく。
「ねぇ、早くつばめ返しやろうよ、強。あたしどんな体勢をとったらいいの?」
清楚な女僧侶のいでたちのミルクが、おもむろにロビーのソファーにうつ伏せになる。そして片脚を伸ばし後ろ上方へと持ち上げる。
「これがつばめが反り返っているポーズだよ〜」
聴衆からは『おおっ!』という歓声と拍手。
「いいぞ、僧侶の姉ちゃん!」
「次はひよどりごえのさかおとしを頼む!」
「お嬢もその内分かるよな」
とソードプリンシパルが呟く。
「南京玉すだれは大事な所を隠す為に使ってもらうつもりだったんだけどね」
と老婆。
訳が分からないままのくのいちだったが、勘の鈍い強がようやくその意味に気づいて赤面する。
もてあそばれた感のある強が少しヤケ気味に言う。
「なあ皆んな、もう宿泊は諦めよう。お漏らしした挙句、風呂にも入れずに野宿だな」
その時ミルクがフロントの女将に近づく。彼女はくのいち、強、琢磨の3人にさりげなく後ろに退がるように促す。
「宿代、これで足りるかしら〜?」
彼女は紺色の法衣の前をはだけて見せる。首から懸がるのは金の鎖の付いた金色の十字架。金の鎖だけ外して、それを女将に差し出す。
強、琢磨、くのいちは遠巻きに少しドキドキして成り行きを見守っている。
老婆はルーペを片手に金の鎖をマジマジと眺め、微笑む。
「ほう、純金かい? これは値打ちものだねえ。いい部屋が空いているよ。今、係の子を呼ぶから待っていておくれ」
そう言って部屋の鍵を二つ渡す老婆。
一同、ロビーのソファに腰掛ける。
「ミルクちゃん、お見事」
と琢磨。
強はこの前ミルクが、
『ゴールド一グラム六千円として私の胸のゴールドは六千万円……』
などと言っていた事を思い出す。
「どこの国、どの時代でもゴールドはお金として通用するから〜こういう時はちょっと持っておく事にしているの〜」
「(どこの国、どの時代でも、か。ダイブの仮想現実でも通用するんだな)」
強はミルクの言葉に不思議な魅力を感じた。
「でもくのちゃんもゴールドカードなんて流石だね〜」
「去年の夏休みのホームステイの時に作ったんだ。親の家族会員カードだけどね」
「旅先でケガしても補償がつくんだよね〜。旅名人のくのちゃんにはマストアイテムだね〜」
「(魔女裁判の拷問には補償もへったくれもなかったけど)」
とくのいちは心の中で独白。
「揚羽本手」は最近では「だいしゅきホールド」と言うらしい。




