第83話 濡れた下半身でかけっこをする強とくのいち
強、もっとかけて! 強に半ば強引に握らされたくのいちは、ハイテンションになりそう叫んだ。物は言い様であるな。
場面変わって近くの湖。くのいちと強が腰から下を湖水に浸したまま立っている。二人とも防具を着用したまま。
二人から十メートルくらい離れた岸辺にいるミルクが声をかける。岸辺には何故か百円で上下に揺れる子供用の乗り物。カバ、ゾウ、パンダなどである。
「くのちゃーん、強くーん。どうして二人で半身浴してるの〜?」
「あの子本当に覚えてないんだ。夢でも見ていたって言いたいわけ?」
「夢くらいみるさ。人生の三分の一は眠っているって言うからな」
二人は岸辺に上がる。下半身は濡れ鼠である。
「これ、どうやって乾かそうか?」
強はいきなりくのいちの手を掴んで走り出す。
「ちょ、ちょっとー」
「こんなの走っていればすぐ乾くさ。俺について来い!」
くのいち、少し顔を赤らめながら心の中で独白。
「(俺について来い、か)」
二人は裸足で湖畔を走り続ける。
「ほら、こうしているとだんだん鎧の中の股間が乾いてきて気持ちイイだろう。あっははは」
「普通、魔力であっという間に乾かしたりしないの?……でも気持ちイイかも。あっははは」
「なんかランナーズハイになってきたぞ。あっははは」
「あたしもそうかも。あっははは」
二人は笑いながら湖畔を走る。くのいちが立ち止まって強を見つめる。
「どうした、くのいち?」
「よく青春ドラマとかで恋人同士が笑いながら海辺を走る、ってシーンがあるけど、現実ではそんなの見た事なかったのよね。でもあたし達、今それを実演してる。感激じゃない?」
「そうだな。お陰で下半身もすっかり乾いちまった。でも今度は全身にちょっと汗をかいたなあ。よし、湖に浸かるか?」
「せっかく乾いたのに。あんた馬鹿ぁ?」
「くのいち、言っておくけどな……」
「何よ?」
湖畔には何故か子供向けのゲームコーナーにあるカバの乗り物が置いてある。強は楽しそうに『グォングォン』と乗っている。
「俺も好きでカヴァに乗っているんじゃないんだ」
「いや、好きで乗ってるじゃない!」
「くのいち、お前の存在意義に関わる大事な告知がある」
「今度はなによ?」
「今のはただのツッコミだ。従ってノリツッコミポイントは付かない」
「そっか。最近のあたしはクエストに集中する余り、一番大切な事を忘れていたわ。……あたしもカバに乗る!」
くのいちと強は楽しそうに『グォングォン』とカバに乗る。
「あたしだって好きでカヴァに乗ってるんじゃないんだからね!」
二人は『わーいわーい』などと言いながらしばらくカバに揺られる。
「……って何やらせるのよー」
今度はファンファーレが鳴る。
「やったわ。あたしだってやればできる!」
「今のノリツッコミは余り面白くなかったのでポイントは二分の一点とします」
とのナレーション。
「そうね。同じ事を繰り返しているだけではいずれお客さんに飽きられてしまう。お笑いの道は遠くて険しいのね」
そこに琢磨とミルクが二人に近寄って来る。
「みんな、元気出してね〜。宿屋はもうすぐだよ〜」
ミルクが指差した立て札には『宿屋、もうすぐ byヒッキー』と書かれている。
立て札の脇には一軒の防具屋。そこに立ち寄る琢磨と強。
「おあつらえ向きに防具を売っているぞ」
「一人100マジックポイントですか。強君、ここは僕に払わせて下さい」
「お前、ポイント大丈夫か?」
「僕の技はマジックポイントはあまり消費しません。それに、剣を木刀にしてしまったのも半分は僕の責任ですから」
「今度お前の剣が問題を出してきたら、俺に手話で答えのサインを送れ」
琢磨が手話の予行演習をしてみせる。
「琢磨うまいぞ、そうだ」
「しゅわ〜っ」
「お前がダジャレを言うのって珍しいな」
くのいちとミルクはスーツケースを引いて歩を進める。強と琢磨はリュックに水筒。
強、琢磨、くのいち、ミルクの四人は宿屋の前に到着する。
宿屋と言っても客室は五十はあろうか。歩道に沿ってソテツの類の裸子植物が植えられているのが、いかにもリゾートホテルっぽい。辺りは暗くなり始めていて、エントランスの車寄せ付近から徐々に弱い灯りがともり始めている。くのいちはソードプリンシパルに問いかける。
「泊まるところってここしかないけど、大丈夫?」
「何を以て大丈夫と定義するかによるが、今日のところはお前達に意図的に危害や苦痛を与える類いのクリーチャーは居なさそうだな。いてもせいぜいお前達をくすぐる程度のモンスターだ。お嬢が本気を出せば何の問題も無い」
「その話はもうやめて」




