第81話 誠実であれ。正直であれ。
懺悔に従いさえすれば傷を負う事など無いのだ。
「懺悔なさい。さすれば汝は救われる」
「何を懺悔すればいいの? 私何も悪い事なんてしてない!」
十字架にはりつけにされているくのいちの足元から炎が上がる。
「あたし、焼かれるの? これ、冗談だよね? 熱い、熱い!」
パニックになっているくのいちを平然と見つめるミルク。
くのいちの脚から胴へ徐々に熱が伝わっていく。
「これだけの熱さはあなたの喉を渇かさせるわよね。水分をあなたに与えるのに充分なくらい、今の私は寛大な気分に浸っているわ」
翻訳調の奇妙な日本語を操りながらミルクは指をパチンと鳴らす。するとくのいちの口はじょうごの注ぎ口で塞がれる。じょうごは十字架に固定されており鼻には洗濯バサミが挟まれる。
「ムガ、ムグ……」
注ぎ口からかろうじて口呼吸をするくのいち。
続いてミルクがくのいちの頭上を指差すと空中からオシャレなティーポットが現れ、紅茶がじょうごに注がれ、くのいちの口の中に無理矢理流し込まれる。
「イギリスから美味しい紅茶が手に入ったの。どうぞ召し上がれ。何の茶葉か分かるかしら?」
「アグ、アグ……」
「レモンの様な香りがつけられているから分かるわよね。そう。アールグレイ。たくさん飲んでいっぱいオシッコを出してね」
くのいち、青ざめる。鼻が塞がれており、じょうごに液体が入っている間は呼吸ができず喋れないが、紅茶を無理矢理飲み干した彼女は言葉を発する。
「私が何をしたっていうのよ! 私達はゴブリンの大群に囲まれた。あんたがシールドに避難したのを見届けて私は闘った。あんたからヘルプのコールが入ったから助けに向かった」
「それだけ?」
「それだけよ!」
「お口直しにミルクティーはいかが?」
くのいちのじょうごにポットからミルクティーが注がれる。鼻を塞がれている彼女は呼吸を求めて再び飲み干す。
「仲間がピンチの時は何があっても全速力で駆け付ける。ガーディアンデビルズの大原則のルールを忘れたの?」
「もちろん覚えているわよ!」
「私はあなたと議論するつもりはないの。あなたが何か強い感情を抱いた時、それは自然に私に伝わる。あなたの考えが言語を介さずに私の脳に入ってくる。私はそれをあなたの口から正直に聞きたいだけ。……ところでさっきのミルクティーの茶葉は何だか分かるかしら? ミルクに合う様にちょっと濃い目に淹れたんだけど」
「……アッサム」
「あっ、寒いの? じゃあもう少し暖かくしてあげましょうね」
十字架にはりつけにされているくのいちの足元の炎が強くなる。
「熱い、熱い。体が焼ける!」
くのいちの表情が虚ろになっていく。
「本当に熱いみたいね。その気持ち、よく伝わって来るわ。そろそろライフポイントが心もとなくなってきたかしら?」
ミルクは十センチ角ほどの木製の木箱を手にする。そこにはチューリップを縦に伸ばした様な花がデザインされている。彼女は木箱の中から手製のクッキーを手にして、くのいちが咥えているじょうごに投げ入れる。そして紅茶が更に注がれ、くのいちはクッキーと紅茶を飲み込む。彼女の顔色に血色が戻る。
「簡単に死なせはしないわ。あなたはこのダイブの仮想現実で死んだら元のカプセルに戻れる。でも安心して。あなたが死にそうになったら私がすぐにクッキーで回復させてあげる。カプセルには帰さない。何度でも地獄を味わえるわよ」
くのいちの顔が赤くなり泣き顔になる。
「(小声で)出ちゃった」
下半身を濡らし醜態を晒しているくのいちを冷たい視線で暫く眺めてからミルクは言う。
「懺悔の言葉をまだ聞いていないんだけど」
「もう充分でしょ? 私が助けに行くのが少し遅かったかもしれない。そのせいであなたが恥ずかしい思いをしたかもしれないけれど、今のでおあいこじゃない!」
十字架にはりつけにされて足元から炎が上がっているくのいちに、ミルクはゆっくりと近づく。彼女の方は炎にさらされても何のダメージも受けない様子。ミルクの人差し指の爪がくのいちの額の上部に当たる。
「おあいこでしょ、ミルク?」
ミルクは人差し指を伸ばし上に向ける。それは魔物の爪の様に変形する。それをくのいちの額から鼻、唇、顎と垂直方向にゆっくりとなぞる。くのいちの顔の中央の皮膚が裂けていく。傷口から血が滴る。
「ギャアーッ!」
「An Eye for an Eye.(目には目)」
「Faith for Face.(私の顔面を傷つけようとした罪を誠実によって償いなさい)」
ミルクはそう言うと、両手の指先をくのいちの顔の裂け目に食い込ませる。十個の爪は全て魔物の爪と化している。
「その分厚い面の皮を剥いだら少しは正直になれるのかしら?」
ミルクはくのいちの顔面の皮膚の切り口を両手の爪でゆっくりと広げていく。
「顔が、私の顔が! 痛い、痛い!」
「あなたはいつも攻撃する側。攻撃される側の痛みや苦しみなんて考えた事もないでしょう。たまには味わってみるのも良くなくて?」
くのいちの額、瞼、鼻、頬の皮膚と皮がゆっくりと剥がされていく。顔面は細かな血管が多い。血がダラダラと流れて顔面の筋肉が露出していく。体は炎に焼かれていく。
「ここはダイブの世界だから、痛みも熱さも現実に比べたら多少は楽よね。でもこの苦しみがあと何十時間も続くとしたら、あなたは正気を保てるかしら。……そろそろクッキーのお代わりはいかが? 紅茶のお代わりもたっぷりあるわよ」




