第8話 眠るのが怖い
精神的なトラブルでミルクに相談する女生徒。ミルクはSF研が開発したダイブシステムを使って、悪夢に悩まされている彼女の治療にあたる。ダイブシステムの詳細は今後明らかになる。
明くる日の二年生の教室。英語の授業、六時間目。教壇には若い女の先生。黒板には『The question is if you want to do with me.』と書かれている。先生が舌足らずな口調で説明する。
「このifは『もし』という意味ではなく、『〜かどうか』という意味れす。whetherという単語に置き換える事がれきます。それを踏まえて……えーっと森野ミルクさん、黒板の英文を訳してもらえますか?」
「は〜い」
緑色の髪、赤い瞳の巨乳美少女ミルクは返事をして立ち上がる。
「問題は〜あなたが私と〜したいかどうか〜、という事です♡」
口調がやけになまめかしい。生徒達から『ヒュー』と声があがる。
「正解れすミルクさん、やればれきるじゃない……ってあなたはバイリンガルだから当然か」
ミルクはにっこりと微笑んで着席する。
「ここで大切なのは『やればれきる』という事れす。高校生のみんなはやる時は必ず下準備をしなくてはなりません。特に男子、分かりましたね?」
若い女先生の保健体育な発言に、
『わかりまちた〜』
とおどけた返答をする男子。
『下準備って何?』
『絵に描いて説明してくれないと分かりませーん』
とツッコむ女子。教室が笑いに包まれる。
その時机に突っ伏していた一人の女生徒が『うぎゃあっ!』
と声を上げる。一同驚いて振り向く。彼女は寝ぼけた様子で目を覚ますが顔色に恐怖が伺える。
「ダメ、眠っちゃダメ……」
とつぶやく彼女。教室からは、
『おい、どうしちまったんだ?』
『大丈夫かよ?』
といった声が聞かれる。
それを見て森野ミルクが立ち上がる。
「先生、私保健係なので彼女を連れて行きます」
ミルクがいつものおっとり口調とは違うトーンでそう言った瞬間に終了のチャイムが鳴る。
「そ、それじゃあお願いできるかしらミルクさん」
ミルクはおびえている女生徒に近づき、
「SOSのメールくれたのあなただよね」
とささやく。女生徒はうなづく。
ミルクと女生徒は教室を出て保健室の方向に歩き出す。
「眠りたくない、って言う相談だよね〜?」
「ありがとうミルク。私、眠るのが怖いんだ」
「怖い夢でも見ちゃうのかな〜?」
女生徒はギクリとする。
「教室での私の叫び声、聞いたでしょ? 毎晩なんだ。ゆうべも家で頑張って起きていたんだけど、英語の授業中遂に力尽きて」
「病院には行ったの〜?」
「最初、睡眠薬が処方されたけど、悪夢は変わらなかった。『夢を見るのを抑える薬』って事で抗うつ薬みたいな物も処方された」
「それで〜どうだったの〜?」
「少しは効いた。でも毎日飲んでいて、ある晩一回だけ飲むのをやめたらその日の夢は凄かった」
「凄い〜?」
女生徒は自分の顔を手のひらで覆う。ブルブルと震えながらうめくように語る。
「熱い、ちぎれる、苦しい……助けて……嫌あっ!」
ミルクは彼女を抱きしめる。
「大丈夫だよ〜。私が治安維持の会のそっち担当なんだから〜」
「本当に? 医者も治してくれなかったんだよ?」
「天は〜自らを助くる者を助く。自分を信じて〜私を信じて〜」
女生徒の表情が和らぐ。
「ミルク、ごめん。私、謝らなくちゃ」
「えっ、何を〜?」
「私、あなたの事が嫌いだったの。男子の注目ばかり集めるあなたが妬ましかったんだ。それで私あなたに不愉快な事をしちゃったかもしれない」
「そういう正直な告白〜私は好きだよ〜。でも私だってダメな女だよ〜。同性の友達少ないし〜つい男子ウケを狙っちゃうし〜」
「なんだミルク、わかってたんだ」
「そりゃあ〜わざとやってるんだもん〜」
ミルクと女生徒、微笑む。
「さあ着いたよ〜」
二人が立ち止まったのは、
『SF研出張所 関係者以外立ち入り禁止』
と書かれたドアの前。女生徒が少しいぶかしげに尋ねる。
「ここは?」
「魚池大学SFキャンパス研究所の〜出張所だよ〜」
ミルクがドアのブザーを押す。ブザーの下の小さなスピーカーから声がする。
「君がロボットでないことを証明してくれ」
「♫牛乳〜、牛乳〜、牛乳飲め〜」
とミルクは合言葉を歌う。
「声紋一致、本日の符牒一致、脳味噌がどこかにピクニックに行っている様な喋り方一致」
「今日も〜私冴えてる〜」
ロックが解除される。ミルクがドアを開ける。
「ここに入るの? 大丈夫?」
「SF研の先生忙しいから〜次に来られるのは二週間後だけど〜やめる〜?」
とミルクが女生徒の心を見透かした様に言う。二人は部屋に入る。
ドアが閉じられ外の廊下にはしばらく静寂が流れる。その後で突然、
『うぎゃあ〜!』
という女生徒の叫び声。彼女はSF研の『ダイブシステム』という装置でミルクと共に精神世界を探検したのだ。その詳細はここでは省略する。
三十分くらい経過して、ミルク一人がドアから出てくる。ミルクの腕時計のアラームがピピピと鳴る。
「ちょっと荒療治だったけど〜結果オーライだね〜。治安維持の会の部室に行かなくちゃ〜」




