第76話 山小屋で液体の放出をしたい
何日もダンジョンを冒険しても寝床、風呂、トイレも描写されないファンタジーの世界。しかしこのダイブの仮想現実ではそんなに甘くはないのだ!
せっかく農耕な一夜を過ごし盛り上がっている真っ最中であったが、突然琢磨とミルクは元居た場所にワープして戻される。そして強、くのいちと合流する。
「琢磨、ミルク、大丈夫か?」
「僕は大丈夫です。心配してくれてありがとう強君」
「私と琢磨さんは大丈夫だよ〜。心配してくれてありがとう強く〜ん。はぁ、はぁ。でも普段使わない筋肉を使ったから腰が……汗もかいちゃったし……」
顔をほてらして少し達成感のある疲れた表情をしているミルク。それを見て強は『おいおい!』って言う表情をするが、くのいちは深くは考えずにスルー。
「お嬢もじきにわかるよな」
とソードプリンシパル。
「ナレーターさ〜ん、おふざけもいい加減にして〜。姿を見せなさ〜い!」
ミルクの叫びに応えるように、野原の向こうからブリーフケースを手にしたビジネスマン風のダンディーな四十代の男が近づいて来る。
「敵かもしれないわ。みんな気をつけて」
くのいちの緊張した声に、一同身構える。男性は五メートルくらいの距離で立ち止まりキメポーズでお辞儀をする。
「私はナレーター。ガーディアンデビルズの一行とは野で会った、のであった」
「ダジャレかーい!」
と強。この作品のキャラ達は概ねダジャレに対する評価は厳しい。
十分なウケを取れないままポン! と音を立て、ナレーターは姿を消す。
「とにかく先を急ぎましょう」
一同、再び『順路→byヒッキー』の方向に歩き出す。
「ところで琢磨さんはどうやって私を助けに来られたの〜?」
「ミルクちゃんが姿を消してから数分経って、僕も異世界に転送されました。亜空間のジェットコースターの様なチューブを通って畑の真ん中に落下したんだ」
「私もあのチューブの中〜、怖かったわ〜。凄いスピードで〜カーブや回転があって〜、思わずキャーって叫んじゃった〜」
そう言ってミルクは琢磨に身を寄せる。琢磨もそれに合わせ腕を回す。そこにメンバー四人全員に携帯の着信音が鳴る。一同、携帯のメッセージを見る。
「ナレーターからのメッセージだ。えーと、なになに……『森野ミルクさんがチューブで亜空間に転送されている最中の写真が撮れましたので添付いたします』だとよ。なんだそりゃ」
「ウイルスは入っていない様です」
一同、ファイルの写真を開く。ミルクが高速で滑走するチューブの中、澄ました顔でカメラ目線でVサインをしている。
「チューブの中、怖かったんじゃないのかよ。やっぱりミルク、すげえな」
尚も森を抜け進む一行。
「このまま休憩所も無い、宿屋も無い、なんてのが続くんじゃないでしょうね」
「ヒッキーに聞いてくれ。この世界を創ったのは俺じゃない」
「このままトイレにもたどり着けずに排泄、お風呂にも入れずに飲まず食わずで野宿、なんて事になったら……」
「なったら?」
「現実世界に戻った後、奴の生命は保証しかねるわね」
その時琢磨が遠くを指差す。
「あ、見て下さいくのいちさん。向こうに山小屋が見えます!」
「やったわ! 今日は楽しい、今日は楽しいハイキングね!」
「って事は明日は月曜日ですか。あーあ。学校行きたくないなあ。日曜の夕方が終わってしまう」
「つべこべ言わないで私の笛の音に合わせて付いていらっしゃい!」
くのいちは体育で使う笛を『ピッピッ』とリズミカルに鳴らしながら後ろにいる強、琢磨、ミルクを導く。山小屋の入り口まで約十メートルくらいのところで四人は猛然と山小屋の中へとダッシュする。山小屋は上下左右に歪み、『ガラガラガッシャーン!』という音と共に崩壊する。材木の下敷きになったミルクがうわ言の様に呟く。
「ら、来週もガーディアンデビルズ、見てくださいね〜。なお、私は今材木の下敷きなのでジャンケンはできませ〜ん。んがごっごっ……」
くのいちは上にかぶさっていた材木を次々に放り投げて言う。
「気を取り直して別の施設を探すわよ!」
「お前、立ち直り早いな」
「もう贅沢言ってられる状況じゃないの!」
「液体の放出を我慢させられた俺の気持ちがようやく分かってきた様だな」




