第75話 ミルクと琢磨、濃厚な一夜
ダイブの仮想現実の世界で二人きりとなったミルクと琢磨。やる事は一つしか無い。さあ、思う存分に種子をまくのだ!
トンネル内のミルクの体はジェットコースターの様にスピードを上げ左右に大きくカーブを描き、コークスクリューの様に垂直にくるりんと一回転したところでフラッシュライトがピカッと一回光る。そして柔らかい地面にぽすんと着地する。辺りは真っ暗で何も見えない。
「ここは何処?」
周りに誰もいないせいか、はたまたシリアスモードのせいかミルクの口調はいつもよりは速め。彼女は足元を手探りする。
「これは‥……土の上? 誰かいないの?」
ミルクは、
『琢磨さーん!』
『強くーん!』
と大声を出す。しかし返事はない。
「私一人きりか」
次にミルクは『くのちゃーん』と小さく声を出す。やはり返事はない。
「やっぱりダメか」
心の中で強がツッコミを入れる。
「初めからくのいちには期待してないだろ。……女同士の友情って……」
ミルクは真っ暗な空を見上げる。暗さに目が慣れてくると、暗い星が幾つか見える。微かに風も感じる様になる。
「ここって屋外なんだ。時間は……星しか見えないから夜だよね。あぁ、どうなっちゃうんだろう、私」
そこに『ミルクちゃーん!』と呼ぶ声が遠くから聞こえる。
「あ、あの声は……」
声が次第に近付いて来る。
「あ、あたし助かったんだ。(大声で) 琢磨さーん、こっちです!」
「ミルクちゃん、今行くからね」
「琢磨さん、私の声のする方に来て下さーい!」
ミルクは大声で『♫あ〜たしはくのいち〜い〜じめ〜っこ〜』と歌う。
「あ、僕急に用事を思い出したんでこの辺で……」
琢磨の声が徐々に遠ざかる。
「待って琢磨さ〜ん、私を見捨てないで〜。あんたそれでも人間か〜」
ミルクは必死に真っ暗闇の中で歌い続ける。
ふとその歌声がさえぎられる。
男女のうめき声と喘ぎ声の様なものが微かに聞こえ、それが暫く続く。
『ぷはあ』という声。
その時周囲に灯りが灯る。そこはだだっ広い畑の真ん中。ミルクと琢磨は両手を繋いで向かい合って立っている。
琢磨の『V Alarm 』と刻まれた指輪は弱く青い光を放っている。琢磨はミルクを優しく見つめる。
「(濃厚な一夜、キタ〜ッ! これはヒッキーの計らいよね〜。感謝しなくちゃ〜)」
「ミルクちゃん、いいね?」
と琢磨。
ミルク、心の中で独白。
「(いいけどここでするの? 畑の土の上だよ。この世界での初めてがアオカン? 体勢どうしよう。立ったまんま? 泥で汚れた体で皆んなの前に戻ったら怪しまれるしなあ。ま、いっか。バレても)」
ミルクは恥ずかしそうにコクリと頷く。
「さあ、ミルクちゃんも僕のを握って!」
「僕のをって……琢磨さんったら大胆〜!」
……ミルクが琢磨にやさしく手を伸ばす。手には鍬(すき=木製の柄と直角の刃でできた農器具) が渡される。いつの間にか琢磨も鍬を手にしており、頰被りもしている。
「僕と一緒に農耕な一夜を共にしよう。今夜は眠らせないぞ!」
ミルクは濃厚な一夜を願っていたのだが、日本語は本当に難しい。
琢磨は鍬を振るい畑をザックザックと耕し始める。ミルクもそれに倣いザックザックと畑を耕す。闇夜の中、灯りに照らされ一心不乱に農耕に従事する琢磨とミルク。嗚呼、労働は尊くも美しい……が慣れない肉体労働にミルクは次第に息が上がってくる。
「はぁ、はぁ、琢磨さ〜ん。結構仕事キツいね〜。はぁ、はぁ」
「『今夜は眠らせない』と言った筈だミルクちゃん。まだ一反(約三十メートル四方)耕していない田んぼがある!」
「ふえ〜ん。トラクター買って、とは言わないけど〜、せめて牛か馬を一頭飼いましょうよ〜」
と時代錯誤な事を言うミルク。
ざっくざっくざっく……ダイブ中にギャグモードになっていると再発しやすい彼女の持病がぶり返す。
「あいたたた〜持病の腰椎椎間板ヘルニアと変型性膝関節症が〜」
うずくまるミルク。
「大丈夫ですか、ミルクちゃん!」
「頑張りすぎたかも〜。私の腰と膝が悲鳴を上げているわ〜」
「早く介護保険をしんせいしたーい」
「琢磨さん、腰をモミモミしてよ!」
などと膝、腰が叫ぶ。
「えっ、ミルクちゃん何か言った?」
「な、なんでもないよ〜」
ミルクは懐からクッキーの入った十センチ角程の木箱を取り出す。表にはチューリップを縦に伸ばした様な花がデザインされている。そのクッキーと琢磨の水筒のお茶で回復する。




