第74話 ミルク、亜空間へ吸い込まれる
ナレーション機能はストーリー進行に都合が良い。主人公が毒殺されそうになっても、「実は剛力強は、そんな事もあろうかと、あらかじめ解毒薬を服用していたのであった」とか言わせておけば、なんの伏線も張らずとも、ストーリーの都合の悪い点を誤魔化せるのだ!
「おいお前達、一旦武器はしまえ。ただし敵が現れたらいつでも装備できる様にしておけ」
とくのいちの剣が言う。
「わかりました〜お父さん〜」
「今は俺様はソードプリンシパルだ。ダイブ中はそう呼んでくれ」
「分かりました校長先生」
とくのいち。
「ダイブ中はセクハラトーク全開でもPTAは文句言えないので絶好のガス抜きですね」
「琢磨、あまり俺様の心を見透かす様な発言は慎め」
くのいちはソードプリンシパルを天高く掲げクルクルと回す。するとそれは元の手裏剣に戻る。琢磨も剣をボールペンに戻す。ミルクの電気スタンドは金の鎖のペンライト、強の盾はバレエ着のカップに戻る。各々アイテムを首、懐、髪に収める。強はアイテムを股間に収める。
強、琢磨、くのいち、ミルクは道具屋を出て森の中を進む。森の中の道には『順路→byヒッキー』と書かれた立て札。くのいちとミルクはピンク色のスーツケースを引いている。
「くのちゃんのスーツケース、オシャレだね〜」
「このスーツケースはストッパー付きなんだよ。電車に乗っていてもケースがどっかに動いていかない様になってるの。収納も何か所にも分かれているから荷物がばらけないんだ」
「冒険ファンタジー物のアニメだと〜、ヒロインが露出の多いファッションで手ぶらで『私、一人旅をしているんです』なんて言って山の中を歩いて行ったりするけど〜、あれは無いよね〜」
「確かにあれは無理があるわ。旅先で着替えや入浴セット一式、スキンケア用品もゲット出来そうもないのに、旅だなんて。最低限の水や食料も持ってなさそうだし。死亡フラグね」
「冒険者達のチーム(パーティー)が〜洞穴とかダンジョンを探索して何日もさまよう、なんていう設定もあるよね〜」
「洞穴で排泄して、何日も入浴も着替えもできず、ひたすらお宝やモンスターを探す、なんてさぞ臭いクエストになるわよね」
四人の進む道は次第に傾斜が急になってくる。やはり『順路→』と書かれた立て札。ここでナレーションが入る。
「一行は険しい峠を超えていくのであった」
峠を苦心して進む四人。再びナレーションが入る。
「そして一行は橋を渡り、即席のイカダを作り、川を下っていくのであった」
四人はナレーションのままに吊り橋を渡り、イカダで急流を下る。またもやナレーション。
「更に一行はオアシスを目指してサハラ砂漠を横断するのであった」
ラクダに乗って砂漠を横断していた四人がシュプレヒコールをあげる。
「ちょっと待って! なんでサハラ砂漠なのよ?」
「内戦にでも介入するつもりですか?」
「おいナレーター、お前おかしいだろ?」
「ナレーターに話かけても無駄なのであった」
「取り敢えず、砂漠は無しでしょ!」
「しゃーないのう……一行はやっぱり野原を進む事にしたのであった」
四人は再び徒歩で野原を進む。
「ちゃんと野原を進んでる〜! ナレーターって凄〜い。『のであった』って言えば何でも言った事を実現できるんじゃな〜い?」
「そんな馬鹿な話あるわけないだろ」
「物は試しだよ〜。よ〜し!」
ミルクは深く息を吸い込んでから天に向かって大きな声で叫ぶ。
「切磋琢磨と〜森野ミルクは〜濃厚な一夜を〜共にするのであった〜!」
十秒くらい経っても何も起こらない。
「何変な事言ってるの、ミルク。訳のわからない願い事はしないで。話の収拾がつかなくなるわ」
そこに『ピンポーン』とチャイムの音が鳴る。
「面白いから採用〜! なのであった!」
ミルクの姿がシュンと消え去る。
「ミルクちゃん!」
残された琢磨、強、くのいちは呆然と立ち尽くす。くのいちの髪飾りの手裏剣が喋り出す。ソードプリンシパルの声だ。
「クックック。どうやら冒険が始まったみたいだな。俺様から離れるなよ、お嬢」
「わかったわ割井校長」
「ソードプリンシパルと呼んでくれ」
ミルクは『キャー』と声を上げながら亜空間のトンネルの中を滑っていく。その声だけが残された三人には聞こえる。
「ミルクちゃんの悲鳴だ。何とかして助けないと」




