第62話 ジャイアントニオ比企、登場
機械の体なんか要らない。限りある命を精一杯生き抜く事が大切なのだ……なんてセリフを攻殻機動隊の草薙素子が言ったら面白い。
「部長は奇怪な体を手に入れて、もう生身の人間ではなくなってしまったのですね……」
くう子は寂しげに兼尾を見つめる。
すると彼は下半身の装具を脱いで自分の体を見せる。何も着用していない様に見える。
「これが奇怪な体に見えるか、沢山部員」
いきなり下半身の裸を見せられ驚くくう子。反射的に携帯で写真を撮る。
「ここに変質者がいまーす。名前は兼尾貢君でーす。魚池高校の二年生でーす。おまわりさーん! 住所と電話番号は茨城県ちゅくば市学園の沼3-50-21……」
「現実の住所を公開しないでくれ。大丈夫。履いていますよ」
兼尾は肌色の下着を着けている。
「よかった。エッチなのは無しですよね。これなら朝のテレ東でも放映できますよ、部長」
「エッチ無しは良いが、ドサクサに紛れて吾輩の裸体を写真で撮ったろう、沢山部員」
「後で魚池学園の裏アカウントでオークションにかけて売ります、部長」
作者は本当はこのイラストの様な展開にしたかったのだが失敗。
「話が横道にそれてしまった。本題に戻そう。我々天文部の二人が今夜集まったのは天体観測の為だ。今夜は年に一度有るか無いかの流星群を観察できる絶好のチャンスなのだ」
兼尾貢は天文部部長、沢山くう子は天文部部員。この天体観測のためにわざわざ宇宙艦隊のコスプレをして深夜の二時にこの河川敷で会っている……という設定なのだ。このビデオでは。
兼尾が北の星空を見上げる。
「間もなく天体ショーの始まりだ。北斗七星が見えるだろう。その右下あたりが流星群だ。」
周囲に明るい星が居ない夜空に三つ、四つと流星が現れる。
「……あっ、沢山の流れ星! これならいっぱい願い事ができますね、兼尾部長!」
「今晩は月も出ていないからよく見えるだろう、沢山部員。おまけに雲も無い。これだけの条件が重なるのは本当にラッキーなんだ」
「ホテルのスイーツバイキングに行かれます様に……」
「沢山部員、何お願いしているのだ。ところで、こんな時間に外出している事がバレたら大丈夫なのか、君は?」
「大丈夫です兼尾部長。今晩は滅多に見られない流星群の観察という大義名分があります。地学の勉強って事にすれば親も文句は言えないと思います」
「星空が綺麗だな」
兼尾がくう子の肩に腕を回す。くう子の体を引き寄せようとした時に彼女のお腹が『ぐう』と鳴る。
「腹が減ってはいくさができません、部長」
とくう子。
「よし。腹ごしらえをしたら男女の合戦といくか。沢山部員の好きなからすみ入りおにぎりを作ってきたぞ」
「本当に? やったー!」
兼尾はおにぎりをくう子の口元に差し出す。くう子は手を使わずにそのままパクリと食べる。くう子のほっぺたにご飯粒が付いている。
「くう子、お弁当付けてどこ行くんだ? 俺が取ってやろう」
兼尾の唇がくう子の頬に近づく。それを知ってか知らずか、くう子が声を上げる。
「ねぇ、急に星が見えなくなったよ」
あと一センチでくう子の頬に唇が届きそうだった兼尾は空を見上げる。
「本当だ。曇ってきたのか? 予報ではそんな話は聞いていなかったが」
空には星一つ見えなくなっている。
「お星様が無いと、余計に暗く感じるね」
「そうだな。でもこの方が都合がいいかもしれねえ」
兼尾は両手をくう子の肩に乗せて引き寄せようとする。くう子は瞳を閉じる。
「天体観測は終わった。早く帰宅するでござる」
と背後から突然声がする。二人が振り返ると、プロレスラーの恰好をしたヒッキーが立っている。黒いトランクスにレスリングシューズ。赤いマントをなびかせている。
「きゃっ、あなたは何者!」
と驚く演技をするくう子。
「誰だお前は!」
とセリフっぽく叫ぶ兼尾。
「拙者は通りすがりのプロレスラー、ジャイアントニオ比企でござる」
と答えるヒッキー。身長158cmでは、いくらレスリングシューズで底上げしても、ジャイアントとは呼べない。




