第58話 人喰いくのいち
くのいちの噂は尾ひれが付いて拡大中。しかし半分以上は事実である。
「ヒッキー、ありがとな。こいつらを倒すのに五秒かかるところが、君の協力で二秒で済んだ。」
「ケンカ十段のお手並、恐れ入ったでござる。誠にかたじけない。ソウルフィストからシャドウブレイドを放ち、ダークネスイリュージョンでトドメを刺したのでござるな」
大昔流行した格ゲー「ヴァンパイアハンター」の技の話である。強は楽しそうにうなずいているがチョコはキョトンとしている。
強は倒れている四人を見下ろす。
「ほら、さっさとIDカードを出せ」
四人はもうろうとして、すぐには指示に従えない。
「カード出さないとくのいちにチクるぞ」
四人はパッと起き上がり、うやうやしくカードを差し出す。
「どうか局部を切り取るのだけは勘弁して下さい」
「俺達のは燻製にしても美味しくないです」
「全校生徒の前での裸踊りも、勘弁していただけないでしょうか」
「オラの家にゃ生まれたばかりの赤子と労咳(肺結核)持ちの女房がおるで、堪忍してくんろ」
強、ポケットからカード読み取り機を取り出し、男子生徒達のIDカードをピッとかざす。
「くのいちの神通力、すげえな」
「『水戸黄門が印籠を出すと、助さん角さんに倒された悪者も全員生き返って土下座する』ってのに似てるね」
とチョコ。
『悪者は死んでいません』とのテロップが流れる。
強がふとヒッキーを見ると、彼は股間を両手に当てガードする仕草をしている。やはりくのいちが怖いのか。男子生徒達はすっかりおじ気づいて丁寧な口調でチョコに語りかける。
「『あたしの強』ですか。チョコさんは強さんのカノジョなんですね」
チョコ、照れ笑いを浮かべる。
「バカ言わないで。こいつとあたしはただの幼なじみだよ。こいつってさぁ、『ただのケンカには興味無い』とか言っちゃって、完全にケンカを遊びにしちゃってるんだよね。バカでしょ?」
「ただの幼なじみって……旧石器時代から伝わる黄金のラブコメのパターンですよね」
男子生徒達の会話にヒッキーも割って入る。
「ラブコメと言えば、『こいつはただの妹なのに……』っていう設定も拙者は捨てがたいでござる」
「不動産屋の手違いで突然褐色の肌のカワイイ女性と一つ屋根の下で暮らすことになった、っていうシチュエーションも燃えます」
チョコは嬉しそうな表情。この男子生徒はご機嫌取りの才能がある。
「主人公の父親が再婚することになって、再婚相手の女性には主人公と同い年の美人の連れ子がいて、同居生活が始まる、というのはいかがでござるか?」
「その設定も萌えるなぁ」
強も会話に参加する。
「高校進学のため学校の近くの賃貸一戸建てに引っ越したら、大家さんの娘が鬼の様な女で家賃の支払いが遅れると俺に拷問を加えるってのはどうだろう?」
「強さん、それってラブコメじゃないですよ。笑えないっす」
「俺で良かったら相談に乗りますよ」
「そうか。すまん」
と、とぼけたリアクションの強。
「ところでさ、ヒッキー?」
「何でござるか。えーと、チョコ殿?」
「チョコちゃんでいいよ。折角だからあなた、強とライン友達になってくれない?」
「拙者は大歓迎でござるが、いいんでござるか?」
「こいつ、ラインの友達が十人しかいないんだよ。只今増加キャンペーン中でーす。強、ほら、スマホ出して」
「俺はそういうのは余り……」
「いいから出すの!」
強とヒッキー、スマホをかざす。ピッと音がする。
「ところでせっかくのガーディアンデビルズの方々とお話しするチャンスなのでひとつ尋ねたいのでござるが……」
「何だい、ヒッキー?」
「悪い事する生徒はリーダーのくのいち殿に食べられてしまう、って言う噂は本当でござるか?」




