第54話 ミルクのバストに10kgの金塊
筆者がこの作品を構想した頃、金は1グラム6000円であった。それから2〜3年経って今は10000円に届く勢い。ミルクのバストには1億円の値打ちがつくのか。
二人、店を出て再び路地裏を進む。
ミルクがまたはっとした表情になり、強の手を引っ張る。
「また気付かれたみたい。急ぎましょう」
二人は路地を走る。
「お前、頭痛は大丈夫か?」
「さっき試着室で強君と濃厚接触したら〜治っちゃったみた〜い」
「これは不可抗力だ。琢磨には内緒だぞ」
「『琢磨さんにバラす』って言ったら〜強君は何かお願い事を聞いてくれるのかな〜?」
「女って怖えな」
二人は細い通りを急いで抜けていくが、くのいちは二人の距離を徐々に詰めていく。
「強君、こっち!」
ミルクは強の手を左に引っ張り角を曲がる。しかしそこは運悪く袋小路の行き止まり。
「Shoot!(しまった!)」
追いかけるくのいちは『もらった!』と言って猛ダッシュ。同じ角を左に曲がる。二人を追い詰めたと思った次の瞬間、くのいちも袋小路に突き当たる。周りには誰もいない。
「チッ、逃したか」
とくのいち。そして猫撫で声で、
「ミルク〜、強〜、怒らないから出てらっしゃーい」
と二人を怪しく誘う。
くのいちが立っている袋小路から塀一枚向こうで、強とお姫様抱っこされたミルクが身を潜めている。
強はミルクの耳元でささやく。
「くのいちかよ」
「Sh!(しっ!)」
この言葉は日本語も共通らしく、強にも通じる。
塀一枚隔ててくのいちの声。
「捕まえて『ち○こ切る!』くらい言ってオシッコをチビらせてやろうと思ったけど、今日のところは出直しね。あーなんかシラけてきちゃった。帰ろ帰ろ」
くのいちは去って行く。ミルクと強はホッとした表情になる。
「大丈夫。危険は去ったよ」
「ミルク、お前さぁ……」
強はお姫様抱っこしたままのミルクを抱えジャンプする。超人的なジャンプ力で二人は塀を跳び越え、さっきまでくのいちが居た袋小路に着地する。
ミルクを抱っこから立たせて、強は塀の上へりに手を伸ばす。手の先が届くか届かないかの高さである。
「この塀、二百五十センチくらいはあるよな。俺は体重五十五キロのお前を抱えてそれを軽々と越えちまった」
ミルクの表情が和らぎ、元のゆっくりとした口調に戻る。
「私が五十五キロのわけないでしょ〜。『目方でドーン!』に出場できないよ〜」
ここでナレーションが入る。
「『目方でドーン!』とは四十年以上前に流行った人気テレビ番組である。出場者は自分が欲しい家電や生活雑貨をスタジオ内で歩き回って選んでいく。それらをひとつずつ持ち上げながら重さを推測して、電卓で選んだ物品の重さの合計を計算していく。その数字が出場者の奥さんの体重に近ければ選んだ物を全てゲットできるのだ! 出場者の奥さんは全国の視聴者に自分の体重を晒す事になるのであーる」
ナレーションを聞いてから強は言う。
「要するに持った物の重さを当てる番組だったんだな。お前の胸に入っているシリコンはゴールドで出来ているかもしれないからな。五十五キロは余裕であるだろう」
「私の胸にゴールドが埋め込まれているとしたら〜、一グラム六千円として、十キロで六千万円だね〜。宝石好きの魔物に襲われちゃうかも〜」
「ああ。パンサークローには気をつけた方がいい。あと、お偉いさんに歯型をつけられないようにしなくちゃな。……ところで、俺の超人的な体力、これってお前のクッキーのせいなのか?」
「強君は〜私のクッキーを受け入れたんだよね〜」
「最近は受け入れ時に確認ダイアログが表示されるけどな。……ってそうじゃなくて!」
ミルクは真顔で強を見つめる。
「強君、今私達の前で起きた事は現実? それとも人生の1/3の睡眠中に起きた夢?」
「現実に決まっているだろう」
「何が?」
「何がって、俺はお前のクッキーを食べて超人的な力を発揮した」
「そうだっけ?」
「そうだっけって、お前なぁ」
強は目の前に立っているミルクを見つめる。そして再び素早くお姫様抱っこする。
「キャッ!」
ミルクを抱えて強は塀を飛び越えようとする。しかし数十センチしか上に飛べない。




