第48話 恋のABC。三塁打って何?
男女の仲の進展を表す用語は日米でギャップがあるらしい。三塁打って何ですか? ホームランよりも難しいものなのですか?
ミルクはヤンキーの服の中に強引に手を突っ込む。
「うぎゃーっ。……も、もっと優しくやって下さい。女の子の体はデリケートなんだからぁ」
「そんな事言って〜本当はこれが目的で部室に来たんでしょ〜?」
「そ、そんな事ないですよ、ミルクさん……でもあと五ミリくらい上も……」
ヤンキーの悶え声が暫く続く。
ヤンキーは池面君と女生徒をめぐる二股騒動でミルクに仕置きされてから、ミルクに身も心も捧げる「下僕1号」となってしまったのだ
(平安時代は歌で互いの心を通わせあったという。嗚呼、みやびなり)
それを呆然と眺めるくのいちとメガネっ子。
「(ミルクったらあたしの知らない所でヤンキーにも手を出していたのね。あたしもミルクと二人きりになったら何をされるか分からない。さすが琢磨の彼女だ)」
と妙な感心をするくのいち。
「(IDカード持っていないだけで、あんなファンタジーな経験ができるんだ……)」
と妙な関心を持つメガネっ子。
「やっぱこんな物隠してた〜」
ミルクはそう言って三センチ角のギザギザのパッケージのアレをヤンキーの懐から抜き取る。
「あんた、持ってるならそう言いなさいよ」
「でもくのいちさんが買ってこいって言うから」
「それじゃあ〜ホームランの下準備といく〜? 一個じゃ足りないよね〜」
ミルクはそう言って、部室の隣の給湯室から『0.02mm』と書かれた、チョコレートの箱くらいの大きさのアレを取ってくる。確かくのいちと強が一戦交えた時に見かけたやつだ。
「あんた、隣の部屋に置いてあったのね? それならそうと言ってよ!」
「くのちゃんが買ってくれそうな流れだったから黙ってたの〜」
くのいちはアレの箱を開ける。
「がっしりいくのよね、がっしり」
ヤンキー、くのいち、ミルク、メガネっ子の四人はフランクフルトにゴムを被せ始める。
「このクルクルが全部平らになるように根元まで被せるんですね」
とメガネっ子。
「そうだよ〜。そうすれば途中で抜けにくくなるよ〜。たるみが無い様に〜がっしりと装着して〜」
くのいち心の中で独白。
「(あーなんでこんな事になっちゃったんだろう。こんなとこ強に見られたら、あたし死んじゃうわ)」
そこにバレエの部活を終えた強が入って来る。
「おーいくのいち、来たぞー」
くのいち、凍りつく。
「イヤーッ!」
くのいちは強めがけて机や椅子を投げつける。強は一つ目の椅子を受け止め、それを盾にして次々に飛んで来た椅子や机を食い止める。しかし最後に飛んできた大きな教壇を受け止めた勢いで後方に吹っ飛ぶ。
脳みそが筋肉でできている筋肉ウーマンの火事場の馬鹿力は全く侮れない。
「い、椅子や机は勉強をするためにあるんだぞ」
強の心の中で切磋琢磨がツッコミを入れる。
『強君の口からそのセリフが聞けるとは……』
琢磨は感涙にむせび、左腕に巻かれた包帯で涙を拭っている。
「あんたは何も見なかった! いい事? 今の事は全て忘れなさい!」
「よく分かんないけど分かったよ、くのいち。けど何でこの部屋からはフランクフルトとゴムの匂いがするんだ?」
「うるさい! とっとと下校しろ!」
「くわばらくわばら」
強、退場する。
「念のためドアに鍵掛けますね」
メガネっ子は部室の二つのドアの鍵をカチリと掛ける。
「上級者になると、手を使わずに装着できる様になるよ」
とヤンキー。
「ほんとに〜? 見せて見せて〜!」
とミルク。メガネっ子も、
「私もこの機会に奥義を習得せねば」
と意欲満々。一方くのいちは気後れをしている。
「多分強は見ていなかったよね、そうよね!」
「大丈夫ですよ」
と根拠の無い慰めを言うメガネっ子。
「ところでさっきミルクさんがホームランがどうの、って言ってたのはどういう意味なんだ?」
とヤンキー。
「知らないの〜? 彼の国では『シングルヒット』『ツーベース』『スリーベース』『ホームラン』ってのが男女の間にはあるじゃな〜い」
「もしかして恋のABCってやつですか?」
とメガネっ子。
そこにヤンキーが口を挟む。
「ちょっと待った。Aはキスだろ。それがシングルヒット?」
「そうだよ〜」
「Bはその続きでCに入る前のお戯れってやつだよな」
くのいち、赤面して心の中で独白。
「(Cに入る前はお戯れなんだ……昔見たテレビの時代劇で『殿、お戯れを』ってのがあったなぁ)」
「そう〜。お戯れがツーベースだよ〜」
「じゃあCがホームランだとしてスリーベースって何だ?」
とヤンキー。くのいちは自分の知らない方に会話がどんどん進んで行くのをただハラハラしながら聞いている。
ヤンキーの頭の上に電球がパッとともる。
「もしかしてあたしが実演して見せようとしている、手を使わないヤツ?」
「分かってんなら聞かないで〜」
「でもツーベースの次はスリーベースって違和感ありません?」
と突っ込むメガネっ子。
「彼の国だと割と普通だよ〜」
「ツーベースの後で何回かホームランを経験してからスリーベースってパターンはアリかも」
とヤンキー。
「ここで一句詠みま〜す」
とミルク。
「ホームラン〜 打ち慣れてから〜 三塁打〜」
さすがにミルクも男子がいる前ではここまで言わないが、女子達だけの会話は大胆である。
「『三塁打が先か、ホームランが先か、それが問題だ』なんてどうかな〜? シェークスピアのハムレットみたいでしょ〜?」
というイギリス生まれのミルクのジョークは他の女子達には通じなかった模様。
くのいち、赤面してうつむいている。それを見てヤンキー、余計な事を言う。
「あれ、もしかしてくのいちさん、シングルヒットもまだなんすか?」
くのいち、心の中で独白。
「(そんな事ないわよ! って言いたいけど、根掘り葉掘り聞かれたらつじつまを合わせられなくなりそう……)」
ヤンキーの口撃に無言でいるくのいちを庇う様にメガネっ子が大声で言う。
「くのいち先輩と私はスリーベースです!」
「女の子同士でスリーベース〜? それっていつ頃の話なの〜?」
「私達、ついさっき廊下で済ませました! そうですよね、先輩?」
くのいち、慌てる。
「ストップ、ストップ!」
そして再び心の中で独白。
「(さっきあの子に抱きつかれた時、一塁ベースを蹴って二塁を駆け抜け、フランクフルトで一気に三塁まで行っちゃったか)」
くのいちの心の中でチョコがツッコミを入れる。
『ちょっと待って! 日米のプロ野球で活躍して、野球の神様と言われている背番号51の大選手は、2007年と2008年のメジャーリーグでホームランよりも多くのスリーベースを打っているわ!』
「やっぱり彼の国では〜スリーベースの方がホームランよりもた易いのね〜」
とチョコのツッコミに反応するミルク。
「歴史に残る大選手を下らない例えに使わないで!」
とくのいち。
「それともう一つ、あたし凄いことに気づいちゃったわ! せいきの大発見!」
とくのいちの頭の中でまたもチョコが言う。
「今度は世紀がひらがなになってる……」
と恐れおののくのいち。
「正常位C、っていうと高級スーパーみたいでかっこよくない?」
「各方面から苦情が来ちゃうじゃない! いい加減あたしの頭の中から出てって!」
とりあえずチョコはくのいちの頭の中から退散する。
「それはそうとくのいちさん、スリーベース余り得意じゃないみたいですね」
とヤンキーはくのいちのフランクフルトの状態を見て言う。
「これは本気を出してないだけ! あたしだってやればできるんだからねっ!」
「先輩、もっと特訓しましょう。私、なんか燃えてきました!」
メガネっ子はハフハフと頑張りすぎて、メガネを曇らせている。
「くのいちさん、あたしで良ければとことん付き合うよ」
と妙なやる気を見せるメガネっ子とヤンキーとくのいち。
三人は必死に、人には見せられない様なゴムの装着の特訓を行う。嗚呼、物事に一心不乱に取り組む若者達の姿は美しい。
ミルクはというと、その柔らかな唇をフランクフルトのてっぺん、側方から器用に這わせ、たるませる事なく、アレを根元までがっしりと装着させている。ご丁寧にも先っちょの膨らみもちゃんと潰してある。そしてなかなか上手く出来ない三人を微笑ましく眺める。
少し退屈してきたミルクは携帯に目をやりながら、くのいち、ヤンキー、メガネっ子に言う。
「私、先に帰っていいかな〜?」
「もがもが……ご自由に……もごもご」
「じゃあ、また明日ね〜」
ミルクは部室を出る。
「みてみん ガーディアンデビルズ」のサイトに画像アップしました。




