第45話 (ここより第2部のプロローグ)くのいちの多忙なる日々
第45話よりガーディアンデビルズ第2部のスタート。第2部はヒッキーこと比企新斗を中心にストーリーが展開する。格ゲーの達人でゲームプログラムもこなす彼がガーディアンデビルズに仮想現実でのバトルを挑む。まずはプロローグとしてくのいちの多忙な日々のご紹介。いつもの如く悪い生徒を仕置きしたところで、彼女は苦手分野の恋愛相談を持ち掛けられる。
とある日の放課後。掃除の時間。ドアが閉じている女子トイレの個室で『ヤンキー』と書かれたバンダナを頭に巻いた例の不良がダルそうに便座に腰掛けている。掃除をサボっている様子。
以前二年生の女生徒に『あたしの池面君を盗っただろう』と因縁をつけた挙句、ヤンキーパンチをあびせ、チョコと強に仕置きされた三年の女生徒だ。
彼女が個室のドアにふと目をやると、ドアの上部をつかむ手が見える。
「え、我々を守るウォールウレアに手が……」
次いで個室のドアの上の隙間から『ニッ』と笑った顔が覗く。くのいちだ。
「掃除をサボる悪い子はいないか〜! 食っちまうぞ〜!」
思わぬ大きな人の出現に慌てふためくヤンキー。
「うわぁ! 奴が現れた!」
くのいちはドアのてっぺんに手を掛け、片手懸垂で頭を上部の空間に挙上してヤンキーを睨んでいるのだ。
「うおーっ!」
とか言いながらヤンキーを威嚇するくのいち。
「ダメだ。ウォールウレアが突破された! 食べられちゃう! ……いや落ち着け。私は奴の食糧なのか? 否、私は誇り高きヤンキーなのだ! 奴を倒すのは道具でも技術でも無い。研ぎ澄まされた……誠意だ!」
ヤンキーはそう言って柄付きタワシで気が触れたようにトイレを掃除する。トイレはピカピカになる。
「これじゃあ神様があんたをべっぴんさんにしちゃうね」
「こ、こんな所じゃ話もアレですから、とりあえず入って下さい」 とヤンキー。トイレの個室のドアが開けられ、くのいちが入ってくる。
ヤンキーを見つめるくのいち。
「ねぇ、以前二年生にヤンキーパンチを入れたの、あんただよね」
「やっぱりあたし、食べられちゃうの?」
ヤンキーは怯えている。
「停学喰らったろう。次やったら退学だよね」
「反省してます」
とヤンキー。
「今後あの子に困る事があったら力になってあげなよ。池面にフラれた者同士だろ? それがあんたにできるせめてもの罪滅ぼしだから」
「わ、わかりました」
くのいち、突然顔を赤らめて『あっ』と可愛く小声をあげる。太ももの内側で彼女の携帯が振動しているのだ。
「おっと仕事だ。あたしは行くけど、これを……」
くのいちは携帯を操作する。ヤンキーの携帯に着信音が鳴る。
「『お掃除頑張ったねポイント』あげるから今度の闇賭博で使ってくれ。じゃあな」
ヤンキーはくのいちが去るのを見送る。
「くのいちって意外と冗談通じるし、フトコロも深いよね」
と独り言。
くのいちが小走りで向かった先はひと気の無い廊下。
携帯アーミーのメガネっ子の女生徒一人が不良男子四人に囲まれている。
「おい! 最近お前『携帯アーミー』とかいうグループに入って俺たちの事を撮影しているだろう! このチクリ魔が!」
女生徒が気丈に答える。
「私はただ学園の平和を守るために証拠を撮影しているだけです!」
「それが目障りだってんだよ!」
「私はあなた方のプライバシーを侵害するつもりはありません。学園のみんなが楽しく過ごせる様にお手伝いをしているだけです」
「偉そうに理屈並べやがって。少し痛い目に遭わないとわかんねえ様だな」
不良の一人が手を上げて女生徒を叩こうとする。が、その腕はガシッと掴まれる。くのいちの手だ。
「お前達、周りを見てみろ」
不良達、あたりを見回すと四、五人の携帯アーミーが彼らを撮影している。
「お前達の悪事は常に監視されている。そして携帯アーミーからは直ぐに私に連絡が入る様になっているんだ。さあ、大人しくお縄につけ」
「相手は女一人、こっちは男四人だ。いっちょうビビらせてやるか」
不良達はくのいち相手に身構える。
「これ、正当防衛って事でいいんだよね?」
携帯アーミー全員がうんうんと頷く。
くのいちはニヤリと笑う。……と次の瞬間くのいちの左ストレートが不良の顔面にヒット。それとほぼ同時に右の肘が二人目の顎を襲う。すぐさま左ハイキックで三人目を料理。残った四人目はくのいちのあまりの強さに怯える。
「強、来ないのかなぁ? この際、琢磨でもいいんだけど」
くのいちは四人目の脳天に空手チョップを『ドスッ』と入れる。不良達は精神的にも戦闘不能。
「しょうがない、あたし一人で片付けるか。IT’S SHOW TIME!」
くのいちは髪飾りの手裏剣を手にする。手裏剣の真ん中辺りを押すとカチリと音がする。彼女はそれを不良達の前でささっと振り回すと、彼等のズボンは足下に落ちる。
「これでお前たちの足の自由は完全に奪われた」
くのいちは可愛らしくポーズを取る。
「忍法、教育的指導という名の暴行♡」
そう言って不良達をボカスカ殴り始める。
「お前達はあたしの可愛い携帯アーミーに危害を加えた。イジメの証拠を撮影するあの子達を危険な目に遭わせるのは我らガーディアンデビルズに対する最も危険な挑発行為とみなす」
「悪かった。やめてくれ、くのいち」
と不良達。くのいちは少し可愛らしい口調で続ける。
「いいこと? 私はあなた達が憎くてこんな事をしているんじゃないの。やましい事を撮影されない様な正しい人間になってちょうだい。それがあなた達の幸せ、ひいては学園全体の幸せにつながるの。分かるわよね」
くのいち、説教をしながら尚も殴る蹴るの暴行を不良達に加える。ナレーターの説明が入る。
「完全に無抵抗な人間に、いかにももっともらしい理屈を並べてボコボコにする。それが忍法『教育的指導という名の暴行』なのであった! 『あなたの為を思ってやっているのよ』なんていう嘘くさいセリフも効果的であるのだ!」
そこにくのいちの携帯が鳴る。強からだ。動けなくなっている不良達を見下ろしながら、くのいちは携帯にでる。
「はい、あたしだけど」
「おいくのいち、もう勘弁してやれ」
「強、あんたね〜! 電話してくる暇があったら、援護に来て!」
「悪い悪い。携帯アーミーの画像だと、もう処刑が始まっていたみたいだったから。俺、これからバレエだし」
「少しはあたしを心配しろ!」
くのいち、電話を切る。そこに、
『せんぱ〜い!』
と叫びながら先程の携帯アーミーのメガネっ子女生徒が突進してくる。ジャンプして、コアラの様にくのいちの体に抱きつき、唇を奪う。
「うわっ!」
くのいち、心の中で独白。
「(これもしかしてあたしのファーストキス?)」
「先輩、助けてくれてありがとう♡」
女生徒は両足を床に下ろしくのいちの胸部に顔をうずめる。
「あ、あなた、ちょっとそれは……」
「私、不良達に囲まれて殴られそうになって、とっても怖かったんですよぉ」
彼女はくのいちの両胸を優しくつかむ。
「ダ、ダメだっでばぁ……」
と虚しい抵抗をするくのいち。
女生徒はくのいちの胸を揉みながら言う。
「先輩、さっき私の事『可愛い』って言ってましたよね」
「確かに『私のカワイイ携帯アーミー』って言ったけど、それは言葉のアヤってやつで……」
「先輩、私って『有り』ですよね」
女生徒はメガネを外してくのいちを見つめる。意外と整った顔立ちである。
くのいち、心の中で独白。
「(メガネっ子がメガネを外すと意外に可愛くて、そこから二人の恋が始まる……って魏志倭人伝にも書かれている典型的なラブコメか!)」
『書かれていません』とのテロップが流れる。
こんな風に描けばくのいちとメガネっ子の間に恋心が芽生えるはず……という作者の目論見は失敗。
「(第一、私達女同士だし。……あーあ。ドサクサでこの子にキスされちゃって胸まで揉まれちゃった。男子とはした事ないのに。こんなんであたし幸せになれるのかなぁ)」
くのいちはしゃがんで、指で床に『うじうじ』と文字をなぞる。目はアメーバの様にぐにょぐにょになっている。その様子を数人の携帯アーミーが尚も撮影している。
敵意を持って向かってくる相手には圧倒的な力でねじ伏せるくのいちだが、好意を持って近づいてくる相手には手も足も出ない。その辺が人気投票で女性票を集めてミルクに勝ってしまう理由か。
「先輩、お礼をさせて下さい」
女生徒は割り箸に刺さった十五センチくらいのフランクフルトを手にして、くのいちに向ける。そんな物、どこから取ってきたのかは作者でさえ不明。
「ひいっ!」
「私のせめてもの気持ちです。受け取って下さい!」
女生徒は一本のフランクフルトを両手で持ち、右腰にすえて中腰に構える。ちょうどドスを持ったヤクザのポーズと同じである。
「ま、待って。私そういうの初めてだし、まだ心の準備が……」
「体の準備ならさっきしてあげたでしょうが!」
メガネっ子のフランクフルトが妖しく『てかり〜ん』と光る。
「体の準備ってあれでおしまいなの? 短かすぎない? もうちょっとロマンチックなものはないの? 世の中ってそういう物なの?」
「我が家ではそういう物なのであった」
とのナレーターの声。
「我が家って何なのぉぉぉ……」
いけないビデオの最初の部分を三倍速で飛ばして観る習慣がついていると、『準備はそんなもん』という誤った常識が身に付いてしまう。その点に関しては大いに反省すべき点が作者にもあると思われる。
「えいっ!」
女生徒はフランクフルトをくのいちの口に突っ込む。
「いやぁ〜!」
くのいち、口に入れられたフランクフルトをモグモグと食べる。
「……おいひい」
「いきなり噛んじゃダメです。まずは口全体で優しく味わってあげて下さい。後でお口直しにのど飴もしゃぶれますよ」
くのいち、独白。
「こうして久野一恵は身も心も女生徒の思うままに支配されていくのであった……ってそんなわけないでしょ!」
ファミコンの安っぽいファンファーレが『パラリラパッパー』と鳴る。
ナレーションが入る。
「くのいちのノリツッコミポイントがまた一つ上がった!」
ナレーションをスルーしてくのいちは携帯をチェック。おsiriちゃんという名前の携帯AIが女性の声で『なんでもいいからゲロしそうなやつ』と言う。
「今日は『なんでもいいからゲロしそうなやつ』の日だから、学食でゲットして後で生徒指導室に持っていってね」
メガネっ子女生徒は笑いながらくのいちに言う。
「先輩って面白いですよね。ノリもバッチリだし」
そう言った後、彼女は溜め息混じりに少し寂しげな表情になる。
「あーあ。先輩が本当の恋人だったらいいのになぁ」
「あたしたち女の子だから。でもあなたならもっと素敵な彼氏が見つかるよ」
「その事で先輩に相談があるんです。聞いていただけますか。できれば落ち着いた場所で」
くのいち、不良達からIDカードを抜き取りポケットから取り出した装置にピッと当てる。
「相談?それじゃあガーディアンデビルズの部室に行こう」
女生徒はくのいちの腕に抱きつく。
「ありがとうございます。先輩みたいに恋愛経験の豊富な人じゃないとダメな相談なんです」




