第38話 あんたそれでも人間か〜
ミルクは時々一言多い。口は災いの元。さてどんな災いが降りかかるのか?
ミルクは操の手を引っ張る。
「操さん、急ぎましょう」
陶子の母親の節操が、陶子の心が生み出した架空の存在ならば、陶子の消失と共に操も消失する。しかし操もミルクも白いカプセルから仮想現実に精神が転送されている状態なので、まだゲームオーバーとはならない。世界の崩壊に巻き込まれてライフポイントがゼロになるか、世界の最長のタイムリミットの72時間が経過すればゲームオーバー。あるいはミルクの道具屋に戻りそこから現実世界に戻れば、痛い思いをせずにこのクエストは終了する。
「このまま崩壊に巻き込まれたらどうなる?」
「ライフポイントがゼロになって結果的に元の世界に戻れるけど、私痛いのは嫌なんで」
二人は手を取りミルクの道具屋に向けて走る。火山が噴火し、岩が転がり落ち、森からは炎が上がり、地割れが広がる。
「考えてみれば簡単な事だよね。あの子を医者や弁護士にさせるのを諦めればいいんだろう?」
「あいたたた〜!」
ミルクは声を上げてうずくまる。
「どうした、ミルクちゃん?」
「持病の腰椎椎間板ヘルニアと〜変形性膝関節症が〜」
「そうか。じゃあ私はこれで」
操、ミルクを置き去りにして行こうとする。
「待って〜。あんたそれでも人間か〜!」
「もちろん、違うわ。なーんて冗談よ」
操、上着を脱いでミルクに着せる
「火の粉がかかるだろう、着て」
「みっさーって人権派の弁護士なんだね〜」
「それとこれとは別。あんた、割井校長に随分可愛がられているそうじゃないの」
割井校長は節操の大切なクライアントなのだ。魚池の200億円の訴訟を操がマネジメントしている。
操、ミルクをおんぶして走る。
「うわ〜い。楽ちん楽ちんだよみっさー」
「道具屋はどっち?」
ミルクはカーナビの声真似をして応える。
「ポ〜ン! 五十メートル先〜、大きな岩のある広場でUターンで〜す。実際の交通規制に従って走行して下さ〜い」
「今Uターンすりゃあいいんだろうが。人を百メートルも余計に走らせるな!」
操、踵を返して反対方向に走り出す。ミルクは操におんぶされて快適な様子。
「進路変更って簡単なんだね〜この車〜」
「車じゃねえだろ!」
「陶子ちゃんの進路変更にも理解してあげるのは、勿論大切な事だよね〜。でもそれだけじゃ駄目な気がする〜」
「小難しい事ほざくカーナビは捨ててくぞ!」
「操さんキャラ変わったね〜」
「(ミルクをおぶって走りながら) ゼエ、ゼエ。私もついこないだ、四捨五入したら五十歳になる年齢になっちゃったからね。きついよ」
「四捨五入したら五十歳〜! 操さんって凄く若く見えるね〜!」
操、少し照れる。
「そ、そうかな」
「とても五十四歳と十一か月には見えないよ〜!」
ミルクをおぶっている操、立ち止まる。表情が引きつっている。
ダイブ用のカプセルが並ぶ部屋の隣のロビーで寛ぐ節陶子。彼女はライフポイントがゼロになり、一足先に仮想現実の世界から戻っている。
「ミルクとうちの母親遅いなぁ。ちょっと様子を見てくるか」
母親の操が入っているはずのカプセルは見つからない。隣の部屋にでも居るのか。陶子はミルクが眠っている白いカプセルを見つけて近づく。ミルクの寝言が聞こえる。
「うわぁ〜周りを火で囲まれた〜! 大きな岩が私の方に転がって来る〜! ぐわっ! 痛い! 熱い〜! キャ〜、足元の地面が裂けた〜! 落ちる〜! ヒューうううう(自分で落ちる擬音をたてている) ……私もうダメかも〜。この小切手を現金化できずに終わるなんて〜。自宅のパソコンに保存したエッチな動画、誰かに見られちゃわないかな〜……あ〜っ! 私の落下予定地点に無数の竹槍が〜っ! よ〜し、ここはとっておきの奥義、浮遊の術〜! ……な〜んてスキルがあったらな〜。グシャッ! グホッ、ゲボッ! ライフポイントがぁ〜!」
ミルク、目を覚ます。カプセルから出る。
「ミルク、大丈夫?」
陶子の問いかけにミルクは何事も無かったかの様に努めてクールに答える。
「私は大丈夫。陶子ちゃんが現実世界に戻った後、あの世界の崩壊が始まったけど、操さんは私をおぶって道具屋まで運んでくれたわ。だから無傷よ。それより陶子ちゃんの方が心配だったわ。痛くなかった?」
それを聞いて陶子は心の中で独白。
「(お母さんはミルクを見捨てて逃げたんだ。それなのにミルクはあたしを心配させまいとして嘘を。あたしと母親を仲直りさせるためにそうまでしてくれなくても……)」
陶子はミルクをじっと見つめて言う。
「私も大丈夫だよ。血が出た時も、びっくりはしたけど不思議と痛みは感じなかった。でもなんか胸が痛んだ」
「それはきっと陶子ちゃんの心の痛み、良心の痛みなんだよ」
「ねぇミルク、あたしお母さんに勝ちたい! 何か別の方法で」
「操さんはあなたの進路については、ちょっと考えが変わったと思うなあ。私からも説得しておいたし」
「ありがとう。でもどうしても勝ちたいの。お母さんの支配から卒業したいの」
「操さんに適当に調子合わせて楽に生きればいいんじゃないの? お金はあるんでしょう? 四、五千万円も有ればアホ馬鹿私立医大を卒業出来るって聞いたよ」
「弱い大人の代弁者みたいな物言いはやめて」
「わ、私は何も知らないピチピチのか弱いJKだよ〜」
「ミルクは強いよ。あたし、ミルクがいたから母親と戦いたいって気持ちになれた。一人じゃ絶対無理だった。私やお母さんに、何が足りないのかを気づかせ様としてくれた」
ミルク、心の中で独白。
「(この親子、頭がいいから勝手に気付いているだけなんじゃないのかな〜? 私は弁当代をゲットできればそれで良かっただけなのに〜)」
「ねぇミルク」
ミルクはカッコつけた表情で返事をする。
「なあに、陶子ちゃん?」
「竹槍、痛くなかった?」
ミルク、ギクリとする。
「わ、私には〜浮遊の術というとっておきの奥義があるの〜。何の問題も無かったよ〜」
「でも、『グホッ、ゲボッ』って……」
「『グホッ、ゲボッ』と詠唱すると奥義が発動するの〜。シャキ〜ン!」
とカッコよくポーズを取るミルク。
「本当に?」
「これ以上私をいじめないで〜」
ミルクはコミカルに涙を流す。




