第37話 もろ刃の剣、反動ダメージ
母親節操を切りつけた剣の反動ダメージで節陶子は仮想現実の世界から消失。あるじを失った世界の崩壊が始まる。
母親の操の傷は浅かったらしく、しばらくかがみ込んだ後で立ち上がる。
彼女は沈痛な面持ちで娘の陶子が消えた跡を見つめていたが、やがて重い口を開く。
「あの子の武器は諸刃の剣だったみたいだね」
ミルクも呆然としていたがやがて立ち直り、散らばっていた弁当箱を片づける。そして寂しそうな表情を浮かべて操に深々とお辞儀をしてその場を立ち去ろうとする。
「ちょっと。ミルクちゃん……だっけ?」
「な、何でしょう、お母さん?」
とミルクはやや怯えた表情で答える。
「あなた、最初に私の攻撃を受けた時、『お母さんにもされた事がないのに』とか言ったわよね」
「そんな事言っちゃったかもしれません」
「あなたのお母さん、いい人よね。私はあなたのお母さんには敵わないかも」
「私の母親は手に職も無い平凡な主婦です。お金も殆ど持っていません」
「お金じゃ買えない物が世の中には沢山ある事くらい、私だって分かっているさ。……お願いなんだけど、元の世界に戻っても、あの子の味方でいてくれるかい?」
「もちろんそのつもりです。でも陶子ちゃんは、お母さんに味方になって欲しいんじゃないですか?」
真面目な会話をしているせいか、ミルクの喋り方は普通である。
「私はずっと陶子の一番の応援団長のつもりでいた。だけどいつの間にこんなになっちゃったんだか。小さい頃は何でも言う事を聞くいい子だったんだけどね」
ミルク、操の手を取る。
「な、何を。」
「私達、一緒に道具屋に戻って、そこで手をつなぎながら『帰りたい』と願わないと元の世界に戻れないんですよ」
「他にも方法はあると聞いたけど」
「ここで七十二時間、一緒に暇を潰しますか? そうすればタイムアップでカプセルに戻れる筈です」
操は万年筆型の槍を構え、ミルクに向ける。
「今ここでライフポイントがゼロになったら速攻で戻れるわよね」
「いえ、私……痛いのは嫌なので、防御力に全振りしてもいいですか?」
操は構えた武器をおろす。
「それにしても、何であの子万引きなんてするんだろう。欲しい物は人並み以上には与えている筈なのに」
「欲しい物はお金では買えない物だったのかも」
「万引きはお金で買える物を店から盗む行為だろう?」
「今の陶子ちゃんは、完全無敵なお母さんにどうしたら抗えるか必死なんだと思うな」
「それが万引きとどう関係あるんだい?」
「ねえ、お母さん」
「操でいいよ。あんたは陶子の旦那じゃないんだから」
「じゃあ私もミルクでいいよ〜。ねえ、みさお〜それでさ〜聞いてよ〜」
「『操さん』、くらいにしてくれ。距離の縮め方が速過ぎる」
「操さん、陶子ちゃんがこの前、ドラッグズ&コスメで万引きをして捕まった後、どうしたと思いますか?」
「さあね。最近のあの子の考えている事なんて分かりゃしないよ」
「自分から警察に電話したんですよ。『逮捕して下さい』って」
操、ギョッとする。
「私、陶子ちゃんの気持ちちょっとわかるなぁ。私の父親も操さんみたいな無敵な感じあるし」
「馬鹿な子の考える事は理解不能だ」
「あの後、当然警察から操さんに連絡が入ったんでしょ?」
「ちょうど仕事で法廷での審議が終わった時、警察から連絡が入った。周りにいた配下の弁護士連中に気付かれやしないかとヒヤヒヤした。胸をえぐられる様な思いがした」
「さっきの陶子ちゃんの攻撃みたいに?」
操、ハッとする。
「陶子ちゃん、万引きしたブラシを武器に変えて攻撃していた」
「……私、馬鹿だ。こんな簡単な事に気づかないなんて。陶子は万引きして私を傷つけたかったんだ」
「あれが操さんを攻撃できるたった一つの方法なんだよ。でも結果はあんな事に」
「結果的に陶子の方が遥かに大きなダメージを受けた。……なんて馬鹿な子なの」
「馬鹿じゃないよ。万引きが自分自身を大きく傷つける事は陶子ちゃんは十分に自覚していた。だからあんな大きな反動ダメージを喰らった。それでも彼女は……」
突然、『ゴゴゴゴ……』と音がして地割れとともに地面が揺れ始める。
「何?」
「この世界の主人が消滅したから、世界の崩壊が始まったんだわ」




