第35話 手作り弁当、プライスレス
ミルクの心のこもったお弁当で少し心を開く節陶子。
「ねえ陶子ちゃ〜ん」
「え?」
「このお弁当、いくらくらいかな〜?」
「どうしてそんな事聞くの?」
「英語の先生と賭けをしたの〜。陶子ちゃんがいくらの価値をつけてくれるかって〜」
陶子はゆかりごはんをゆっくり噛み締めながら答える。
「priceless 」
「プライス(値段)が無い、0円って事〜?」
ミルク、コミカルに涙を流す。
「違うわ。値段がつけられないくらい価値がある、っていう意味よ。あなたバイリンガルなんでしょ?」
「な〜んてね。日本語で聞きたかったのよ。あなたの感想〜」
「……こんなお弁当作ってくれるお母さんがいたらよかったな」
「お母さんはコンビニ弁当だったの〜?」
「うちは親があたしが小さい時に離婚して、母親が一生懸命働いてあたしを育ててくれた。それには感謝している。でも最近思うんだよね。あの人が一生懸命だったのは誰の為だったのかなって。半分はあたしの為、残りの半分、いやそれ以上は自分の為だったんじゃないかって。あたしの食事にまで手は回らなかったみたい」
「お父さんには会ったりはしないの〜?」
「飲んだくれて仕事もろくにしないで、DVするクズだったみたい。母親と離婚して、今どうしているのか知らないけど」
「お母さんって凄腕の弁護士なんだよね〜?」
「出来のいい母親を持つとプレッシャーが大きいよ。あの人を攻撃できる人なんていないし。ミルクもあの人の肝入りなんでしょ?」
とその時、上空から長さ二メートルくらいの万年筆の形をした槍が降下し二人の間にグサリと刺さる。二人は辛うじてよけるが、ミルクの作ったお弁当は粉々になる。
「ああっ、私のお弁当が〜! これからスイーツタイムだったのに〜!」
槍は黒い楕円形のブラックホールの様な物へとモヤモヤと変型し、そこから節操(せつみさお 節陶子の母親)が現れる。髪は後ろに束ね、ビジネススーツでピシッときめている。
ミルクはペンライトのネックレスを頭上でクルクルと回し、電気スタンドを装備して構える。
陶子もポケットからボールペンを取り出し、同様に頭上でクルクルと回す。ボールペンは剣に変化し陶子も構える。
「陶子、またこんな所で油を売っていたのかい。うちには怠け者を喰わす為の銭は無いんだよ」
「お母さん、私だって頑張っている。だけど医者か弁護士以外の進路は認めないっておかしいよ。大学に行って、もっと色々な事を経験したり学んだりして、それで本当にやりたい事を見つけたいの」
「やりたい事? 笑わせるな。お前は、やりたい事をやってその上お給料まで貰おうってのか? 人間、カネの為には嫌なこともい〜っぱいしなきゃならないんだよ。私の言う事を聞いていれば間違いないんだ。それがお前の幸せの為なんだよ」
「わかった〜!」
と突然ミルクが言う。
「何が?」
「これは〜高校生の子とその母親が〜異世界で親睦を深めたり〜仲直りしたりするアニメなのね〜!」
「あぁ、言わなければバレないのに。なんかパクリっぽく見えてきた」
「口で言っても分からない子にはお仕置きするしかないね」
節操は万年筆を手にして、バトンの様にクルクルと回す。万年筆型の槍に変形する。
「私の攻撃を受けてごらん」
操は槍を頭上に高く掲げ、静止させた後で勢いよく振り下ろす。
数十本の小さな万年筆が節操の槍から飛び出し、弓矢の様に陶子とミルクを襲う。
二人は電気スタンドや剣で払いのけるが、数本の万年筆が命中し負傷する。陶子は毅然とした表情で母親の操を睨みつけているが、ミルクには泣きが入る。
「痛あ〜い。お母さんにもこんな事されたことないのに〜」
更に弁護士バッジに描かれているのとそっくりな天秤が一つづつ二人の頭にポコン、ポコンと落ちてくる。二人は頭にたんこぶができる。
「陶子ちゃん、あなたのお母さん、手強いわ〜」
「そんな事わかってるよ!」
「お母さんは〜通常攻撃が全体攻撃で二回攻撃なんだわ〜」
「またミルクが言わなくていい事言った」
節操はふとミルクと目が合う。
「さっきからお前の側にいるおかしな子、後輩かい?」
「この人は森野ミルク。私の心を癒そうとしてくれている大切な人だよ」
「この子が? 本当に? あーっはっは。可笑しくて涙が出そうだよ」
ミルクは先程、巨大な万年筆で粉々になった弁当に目をやる。
「(小声で独白) あ、あたしの焼いたマドレーヌは無事だ〜。食べちゃお〜」
ミルクはマドレーヌを拾ってモグモグと食べ、嬉しさのあまり涙ぐむ。
「やっぱ美味しい〜」
「ミルク、戦闘中に何してるの?」
ミルクは突然素っ頓狂に笑い出す。
「あーっはっは〜。お菓子食って涙が出そうだよ〜!」
「ダジャレかーっ! ねえミルク、耳をかっぽじってよく聞いて。あなたはウケを狙ってはダメなの。自然体でボケて。そうすれば大きなホームランが生まれるから」




