第34話 運動はダメでも料理は得意
節陶子の精神世界。ミルクはアメリカの軍隊並みのハードなブートキャンプで陶子の精神を叩き直す!
学校の一室。
『SF研出張所』
『関係者以外立ち入り禁止』
の文字。
カプセル状のベッドが並んでおり、その中で眠る制服姿の節陶子とミルク。ミルクの腕にはピクニック用のバスケット。ミルクは白いカプセルの中。節陶子は黒いカプセルの中。
黒いカプセルに入った節陶子の精神には仮想現実の精神世界が構築される。白いカプセルに入ったミルクは一緒に陶子の精神世界を冒険するのだ。
二人の頭には革製のヘッドギア状の物が装着されている。二人の精神は仮想現実の世界に送られる。陶子はいつの間にか武器や防具が陳列されている店内に立っている。
「ここは?」
と陶子が言う。
「私の経営する道具屋だよ〜」
陶子とミルクはブラウスにベスト、スカートの制服姿。
「ここは仮想現実の世界なんだな。ちょっと辺りを見物したいんだけど」
「陶子ちゃ〜ん、これは遊びじゃないの〜。今からすぐに特訓に入らせてもらうよ〜」
「特訓? そんなダルい事やってらんねーよ」
陶子は電気スタンドの電球カバーの部分で頭を『ぽふっ』と叩かれる。
「うわっ! いきなり何するんだよ!」
ミルクは百七十センチくらいの電気スタンドを構えている。さらに陶子の腹や腰にぽふぽふと攻撃を加える。
「これは生徒虐待か!」
ミルクは電気スタンドを片手で頭上に掲げ、バトンの様にクルクルっと回す。するとそれは金色の十字架のネックレスに変形し、彼女の首に掛かる。金色の鎖が光る。
「見えなかったでしょうけど〜あなたは今電気スタンドによる攻撃を受けたわ〜。これが私の力〜」
「いや、はっきり見えたけど」
「『電気スタンド使い』の能力の無い人には見えないの! ここは会話を合わせなさ〜い! 空気が読めないと友達から嫌われるわよ〜!」
「いや、元から友達いないし」
ミルクの表情が急に和らぐ。
「陶子ちゃん、あなたとはうまくやっていけそうな気がするわ〜。どうせ彼氏もいないのよね〜」
「今はいないけど、ついこないだまでは付き合ってた男はいた」
「なんか体の関係ばかり要求してくるから、うざったくて別れたけど。男って一回許しちゃうとタガが外れちゃうんだよね……」
ミルク、口調が急に厳しくなる。
「やっぱりあなたには特訓が必要ね」
「なんでそうなるんだよ!」
「外に出るわよ。ついて来て」
ミルクは片手にバスケットを手にして扉を開ける。二人は道具屋の外に出る。体育館ほどの広さの芝生が広がり、周りは木立が柵の代わりをしている。ミルクが芝生にシートを二枚敷く。二人はそこに座る。
「まずは腹筋からね。私の掛け声に合わせてエクササイズよ。いーち!」
「制服姿で運動かよ。まあいいけど」
陶子は軽々と腹筋をして二回目に備える。
しかしいつまで経っても『にーい!』の号令が来ない。訝しげに思いミルクの方を見ると、ミルクは真っ赤な顔をして腹筋を試みているが、上半身は全く上がらない。陶子がミルクを白い目で見つめる。ミルクはごまかす様に柔らかい口調で言う。
「腹筋は〜これくらいにしましょう。次は腕立て〜」
ミルクが『いーち!』と言ってから約二十秒経過。腕立ての姿勢で腕を曲げたまま動けないミルクを白い目で見つめる陶子。
「『にーい!』はまだ?」
「私は脚力には自信があるの〜」
とミルクは再びごまかす様に言う。
二人は今度は芝生の上でスクワットを始める。一回目にしゃがんで立ち上がる時、陶子のスカートの中から、ホチキスや化粧品、CD、本などが落下する。
「それは〜?」
「あたしの戦利品」
「まさかホチキスで〜私のほっぺに針を打ち込む気じゃ〜……」
「ミルクが不死身の吸血鬼ならそうするよ」
「いつかそれ全部お店に返しに行こうね〜」
二人、スクワットを続ける。ミルクの腰からグキッと音がする。
「あたたたた〜。私は既に死んでいる〜」
「今、しちゃいけない音が聞こえたんだけど」
痛みのためうずくまるミルク。
「うぅ。持病の腰椎椎間板ヘルニアと変形性膝関節症が〜」
「大丈夫?」
「早く四十歳になって介護保険を申請した〜い」
「人生の後半戦に早くも突入ですか」
ミルクは突然立ち直り、笑顔を浮かべる。
「エクササイズ頑張ったからお腹が空いちゃったね〜。お昼にしようよ〜」
「(この人の頑張りってこの程度か)」
二人はシートに再び座り、ミルクはバスケットに入れておいた弁当を広げる。
「ちゃんと二人分作ってきたから大丈夫だよ〜」
「そりゃどうも」
「いただきま〜す」
「いただきます」
二人はミルクの作った弁当を食べ始める。だし巻き玉子を一口食べた瞬間、陶子の表情が変わる。
「あ、このだし巻き玉子、美味しい」
「えっへん。これはカツオだしと昆布だしをとってブレンドしてあるんだよ〜」
今度は豚の角煮を食べる陶子。
「この豚の角煮もいい」
「これは豚肉におからを加えて三時間下茹でしてから作ったんだ。美味しいでしょ〜」
「誰にでも一つは特技があるんだね」
ミルク、ガクッとなる。




