第31話 逮捕でも拘留でもして下さい
万引き少女は魚池高校の3年生であった。泣いて謝って見逃してもらおうとするのかと思いきや、彼女は逮捕を望む。警察を通じて彼女の母親にも連絡が入る。母親は魚池出身の伝説の弁護士であった。
魚池ドラッグズ&コスメの事務室。机越しに向かい合って座る店長と万引き犯の若い女性。
彼女は店長から差し出された用紙に名前、住所、連絡先などを記入させられている。彼女の脇を固める店員と、同席しているミルクと琢磨。
ミルクはまだ興奮が収まりきってはいない様子。口調もいつもとは違っている。
「あなた、うちの生徒だよね? ID持ってる?」
「よりによってガーディアンデビルズに校外で捕まるとはねぇ。ついてないや。はいよ」
女性はIDを机の上に投げ捨てる。その態度にミルクはカチンとくる。
「欲しいものがあったらちゃんとお金を払って買う! お金が無かったら仕事してお金をもらう! 小学生でも分かる事でしょ!」
ミルクはそう言って用意したカードリーダーでIDをピッと読み取る。
IDには顔写真と『節 陶子』との名前。ガーディアンデビルズの主力メンバー達より一学年上の三年生。
店長は節陶子が記入した住所氏名などの情報がIDの情報と一致しているのを確認して尋ねる。
「節さん、こんな事をするのは初めて?」
「この店ではそうかも」
陶子は退屈そうにピッグテールの髪を指でクルクルといじる。ミルクは心の中で独白。
「(この女、ふざけてる。全然反省していない!)」
店長は落ち着いた様子で節陶子に言う。
「家の人に連絡取りたいんだけど、いいかな」
「じゃああたしから連絡するよ」
陶子は携帯を取り出し、電話をかける。
「……あ、警察ですか。私、たった今万引きでお店の人につかまっちゃいました。逮捕でも勾留でもして下さい」
店長、店員、ミルク、琢磨、ギョッとする。
「今居る場所は魚池ドラッグズ&コスメです。……そうです、駅前の。私の名前は……」
ちょうど節陶子が自分から警察に電話をしている頃。場所は変わって地方裁判所の法廷。
弁護士、節操 が発言している。節陶子の母親である。高級そうなスーツ。髪は後ろに束ね、ピシッとした感じの知的美人。
「……この様にハゲタカ証券が魚池学園に売りつけたノックイン債は詐欺的要素が非常に強い金融商品と言わざるを得ません。『日本を代表する企業、大日本製鋼の株価が二十五%以上下落しなければ年利七%を保証します』とうたい、魚池の様な大口の法人から百億円単位の資金を集める。そして政治スキャンダルで日本の株価が落ちたタイミングを狙って懇意にしている外資系証券会社から大日本製鋼の株に売り推奨を出させる。それと同時にハゲタカ証券の自己売買部門が大日本製鋼株に大量のカラ売りを浴びせる。その結果株価は三十%以上暴落。結局ノックイン債は元値の七十五%で償還。魚池学園は二百億円の損失を被りました」
魚池グループをだまして二百億円をせしめたハゲタカ証券の弁護士が手を挙げる。
「異議あり。弁護人の主張は憶測に基づいています。証拠の提示を要求致します」
弁護士節操は答える。
「大日本製鋼に売り推奨が出てからの一週間で、ハゲタカ証券及び同証券と関連性を強く疑われる外資系証券三社からの売り注文は通常の百倍に達しています。顧客の保有株の十倍を上回る量です。株価を意図的に下げる為のカラ売りである事は明白です」
ハゲタカ証券の弁護士、苦虫を噛み潰したような表情。裁判長は腕時計を覗く。
「時間も押してきたので、一旦閉廷とします。この続きはまた来週に」
節操弁護士の部下達から喜びの声が掛かる。
「やりましたね、節先生。ハゲタカの連中、泡食っていましたよ」
「まだ油断は禁物よ。彼等のカラ売りに関してもう少し確実な証拠が欲しいわね。それと奴等が商品のリスクについて、どれだけ説明をしたのかを検証しないと」
その時節操の携帯が鳴る。
「あ、ちょっと失礼。(携帯に出る) もしもし、はい、私が節陶子の母親です。……警察、ですか?」




