第231話 第5部エピローグ 彩子の心の治療の仕上げは、やはり癒し担当のミルク
狭い部屋で川の字に寝ている三人。中央には強の母親。彼女を乗り越えなければ強に到達出来ない。
目指す山頂の強にたどり着くには超えなければならない岸壁。それが強の母親。岩登りの靴やヘルメット、ロープやくさびも無く、これでは素手登り、ボルダリングだ。
頑張れ彩子。強の上から眺める景色はきっと最高だ! いや、部屋の中は真っ暗。しょせん騎乗の空論か。
「(よっこらしょ)」
と母親をまたぐ彩子。JKでもこういう時はおばさんみたく掛け声が出るものなのか。
その時闇の中から彩子の足に『ぬっ』と伸びる二本の手。彼女はテイクダウンを取られ布団の中に埋もれる。
「彩子ちゃんは今夜はご両親がいなくて寂しかろ? 私の事をお母さんと思っていいからね」
「ムガ、ムグ、ムゴ……」
強の母親のプロレス技『ベアハッグ』が決まった。彩子の顔面は母親の胸板に埋もれ、動く事も声を上げる事も出来ない。強のケンカ十段は母親譲りか。
「ほら、こうしていれば怖いものなんてないからね」
「(そういえば『今夜は両親が山の芝刈りや川の洗濯で帰らないから、不安で夜も眠れない』って言って強君の家に泊めてもらう事にしたんだっけ)」
と薄れゆく意識の中で呟く彩子。せめて夢の中だけでも成就したいと願う。
(全年齢推奨を維持するために姑息な言い訳をしている作者)
……しかし、山を愛したJKは強の母親の猛威の中で無念のリタイア。
数日後、ガーディアンデビルズの裏アカ放送。
「皆さんこんにちは。チョコこと税所千代子です。今日は球技大会に参加しない生徒達に演じてもらうマスゲームの草案作りを放送します。監督を務めてもらったのは松戸彩子さんです」
カメラの前で一礼する彩子。
「マスゲームのパフォーマンスを考えて来ました。みんなで見て下さい」
彼女が合図をすると、台車に運ばれ全長3メートルはあろうかというたけのこの作り物が登場する。
「マスゲームのオープニングを飾るのは『少年から大人への目覚め、一皮むけた僕を見てくれ!』です。ミルクちゃん、手を貸してあげて下さい!」
巨大なタケノコに近寄るミルク。彼女はタケノコのてっぺんから一枚ずつ皮をむいていく。
「目覚めよ勇者〜」
中から琢磨が顔を出す。
「こんにちは。これで僕も球技に精が出ます」
画面にはネット視聴者からの書き込み。
「ガーディアンデビルズ、またやってくれたな」
「ミルクちゃんがむいてくれるなら僕も奮って参加するよ」
「まだ頭しか見えないんだけど」
「琢磨の腰から下は課金しなくちゃ見られないの?」
これらのリアクションに、さすがに慌てるチョコ。
「申し訳ありません。放送事故です。この続きはまた来週!」
チョコはカメラをオフにして急遽放送は中止。
彩子に駆け寄るチョコ。
「彩子、さすがにこれはまずいよ」
「彩子さん、前から言おうと思っていたのですが、あなたは『マスゲーム』を何か勘違いしていませんか」
とタケノコから顔だけ出している琢磨。
「そんな事ないわ。ミルクちゃんに今日のパフォーマンスを説明したら、太鼓判を押してくれたもん!」
「彩子、あんた口でイッテもわからない様ね」
チョコと琢磨はYouTubeのマスゲームの動画を見せる。
「こ、これがマスゲーム?……嘘! 私は信じない!」
と彩子。
「だって松茸もアケビもフランクフルトもアワビもファンザもBL本もないじゃないの!」
琢磨が答える。
「松茸ならマスゲーム本家の国の貴重な輸出品です。その売り上げで、こっちに飛ばす飛翔体を作っているんですよ」
しかしこんな時事ネタでは彩子は納得しない。
「チョコや琢磨さんはグルになって私を落とし入れようとしてるんでしょう!」
被害妄想を爆発させる彩子。
しかし他の動画や浮きメディアなどのサイトを見て、ようやく納得する。
「ミルクちゃんは最初から分かっていて彩子ちゃんを乗せていたのですよね?」
と琢磨。ミルクは明後日の方角を見て口笛を吹いてしらばっくれている。
「私の青春を返してーっ」
「まぁまぁ彩子ちゃ〜ん、せっかくもう一つのパフォーマンスも考えてきたんだから、披露しなくちゃ〜」
「分かりました。それでは続けます」
ミルクの忠実な下僕の彩子は、女王ミルク様の言うことには素直に従う。
彩子が合図をすると今度も台車に載せられて、やはり全長5メートルはあろうかという巨大なアケビの作り物が登場。
「『山のあけびは何見て育つ 下の松茸見て育つ』と申します。準備万端に成熟したあけびをご覧ください!」
あけびの被り物に近寄るミルク。
「パンドラの箱、開けちゃっていいの〜?」
彼女はあけびの縦に割れた裂け目に両手を突っ込み、それを左右にぱかっと開ける。中からくのいちが出てくる。
「彩子、何なのこのパフォーマンスは? もしかして妊娠の、その前の前の前の段階にも到達していないあたしへの当てつけ? それともあんたまさか妊娠中毒症? あたしが人里離れた産婦人科に連れてってあげようか?」
そう言われてまた、
「くのいちが私を山奥に連れ出して生き埋めにしようとしてる?」
などと考えてしまう彩子。
怯えた表情の彩子を見て、ミルクがくのいちに何やら耳元で囁く。すると……
「!」
くのいちの顔がみるみる青ざめ、後ずさりする。
「裂かれる、焼かれる、えぐり取られる……」
と小声でつぶやくくのいち、それを不思議そうに見つめる彩子。
その彼女の頭の中にミルクのメッセージが音を介さずに直接飛び込んで来る。
「(彩子ちゃ〜ん、くのちゃんって〜全然怖くないでしょ〜)」
ミルクはくのいちに何と囁いたのだろうか? そばにいたチョコにはそれが聞こえていた。
「今夜はいい夢見られるといいね〜」
この一言でくのいちは青ざめ怯えたのだ。しかしチョコにはそれが何を意味しているのかは分からなかった。ヒッキーの精神世界のダイブで、ミルクとくのいちの間に何があったかはチョコは知らないのだ。
まさか生きたまま火あぶりにされ、そのまま顔面の皮を剥がされ、子宮をえぐられた上に鼻から上の頭蓋骨を捻じ曲げられた……なんて言っても誰も信じてはくれないだろう。おまけに死ぬ事さえも許されないのだ。この記憶が毎晩夢枕に現れたら……
『くのちゃんって、琢磨さんをバッサリ斬り捨てた挙げ句、私の顔面にも斬りつけてきたよね〜? そうまでして300万円が欲しかったんだ〜?』とくのいちに囁く魔女の声。この時はくのいちも魔女化してしまっていたためそこまで責めるのは可哀想な気もするが。
その後、『くのいちに殺される』という彩子の妄想はまるで憑き物が落ちた様に消え去った。くのいちがちゅくば山へのピクニックに誘ってくれた事、わざわざお土産に聖水を汲んできてくれた事、マスゲームの主役の座に誘ってくれた事、彼女を気遣ってメールをくれた事、全てがくのいちの暖かい心遣いなのだ。彼女に感謝できる自分は心が強くなっていると感じられる様になった彩子であった。
ガーディアンデビルズの癒し担当森野ミルク、恐るべし。
ガーディアンデビルズ第5部 完




