第230話 スーパーで聴いた「蛍の光」
続いて野菜コーナーを物色する二人。
「今日はカレーだろ? 牡蠣はどうすんだよ?」
「カレーだけじゃ寂しいからカキフライも作っちゃうよ」
とご機嫌な彼女。どうやら魚屋に『可愛いお嬢ちゃん』と呼ばれた事や、隣にいる強の事を『彼氏』と言われた事が嬉しかったらしい。
「(強君と買い物に来る時はまたこの魚屋を利用しよう)」
店主の術中にハマったな、彩子。
彼女は強の母親にメールして、家にフライの材料があるかを確認した。
そして彼女はカレーに使うにんじん、じゃがいも、玉ねぎなどの他にも、山芋、ニンニク、アスパラガスなども買い物かごに入れていく。これらは全て精のつく食べ物だ!
精のつく食べ物と聞いて『せんべい、赤飯、背脂ましましラーメン』と答える沢山くう子とはエラい違いだ。
角切りの豚肉なども買って二人は帰宅し、調理に取り掛かる彩子。
ジャガイモの皮を剥いて芽を取り、そしてにんじんや玉ねぎ、にんにくも……と手を進める彼女の脇に置かれていたのは『まむし瓶瓶ドリンク』。魚池ドラッグズ&コスメで安売りしていたのを一本ゲットして持参したらしい。甘味のある材料を隠し味に使うとカレーに深みが出るので、きっとそのためだろう。
……と作者は安心していたのだが、強は体力絶頂の十七歳。休火山から死火山へとマイルドに移行中の作者とは違い、バリバリの活火山だ。なんだったら近くの気象台から避難勧告が出てもおかしくない。そこにニンニクやアスパラや山芋やカキフライ、おまけにまむしドリンクなんか加えたら……活火山の火口に不発弾を投げ込む様な物だろう。爆発は必至だ!
しかし強は彩子が食事を作っている時も、夕食後も、ランニングや物置き小屋での筋トレなどをしていた。これでしっかり発散されたはずだ。
入浴等も終わって、暇つぶしにちょこっと勉強をして、いよいよ就寝。この家には寝る部屋は一つしかない。
強の母親は三組の布団を敷く。
「お父さんは仕事で明日まで帰って来ないから、今晩は三人で川の字になって寝ようね」
母親は布団の真ん中を陣取る。両脇に彩子と強。
「おやすみなさーい」
と言って無事消灯。こうして高校生男女を含めた夜は清らかに更けてゆくのであった……と思っていたのは強だけか。
「(どうしよう。まずお母さんが完全に寝入るのを待つ。それから強君がトイレにいくタイミングを見計らって私もトイレに行くふりをして廊下に出る。それから……そうだ、『夜中に突然背中が痒くなったからタオルで洗って欲しい』とか言って浴室に連れ込み混浴に持ち込む!)」
(彩子の脳内妄想です)
彩子はチャンスが訪れるまで寝たふりをする事にする。途中で睡魔が遅い、一瞬ウトウトしかけるが慌てて目を覚ます。
「眠っちゃダメ、彩子! 今眠ったら私を待つものは死!」
彼女はビバークして救助を待つ登山者達が、みんなで歌を歌って眠らない様にしたという、山の遭難エピソードを思い出していた。
「ここで大声で歌うわけにはいかない。心の中で全力で歌うのよ!……えっと選曲は何がいいかしら。思えばこの二日間はハードだったわ。昨日は夜遅くまでミルクちゃんから特訓を受け、朝早くに強君の家に押しかけ、彼にあと一歩のとこまで迫った」
「そこでお母さんが帰って来てしまったのも束の間、今度はくのいちの襲撃を受け、お買い物に炊事……でもなんか充実感があるわ。電気がなくても雪の灯りを頼りに勉強して物事を成し遂げた気分だわ……〽︎ほーたーるのーひーかーあり まーどーのゆーうーきー」
心の中で歌いながら、『本日もお疲れ様でした。間も無く閉店の時間です。またのご来店をお待ちしております』というアナウンスが頭の中で流れる。昼過ぎに強とスーパーに行ったためか。
はっと目を覚ます彩子。
「(よかった。私、生きてる。よりによって蛍の光を頭の中で歌ったのは大失敗だったわ。これが雪山だったら二度と目を覚ます事はなかった)」
ふと腕時計の小さなライトをつけると時刻は午前二時。
「(こうなったら、寝ている強君の上に乗っかってそっと起こしちゃおう。そして二人で部屋の外に出る。その為には乗り越えなければならない壁があるわ)」




