第228話 料理対決 敢えなく惨敗
「あら彩子ちゃん、ひだを作るの上手ね」
「お母様ありがとうございます。皮はどう包んでも余り変わらないと思いますが、今日のひき肉は脂分が多そうなので、中の肉汁がこぼれ出ない様にひだを多めにつけました」
何となく居心地の悪いくのいち。
(本筋とは関係の無いアリス・ワンダ。金髪ポニーテール。強と同じバレエ同好会所属。餃子のトウシューズを履いている。ブラの中の肉は偽物なので女の子も安心して食べられる)
大きなフライパンの上に並べられた三十数個の餃子を火にかける強の母親。それを見て彩子が言う。
「お母様、餃子を焼いている間にもう一品作っちゃってもいいですか?」
「あら、じゃあ彩子ちゃんのお手並みを拝見しようかしら?」
「いえ、野菜カゴにナスや長ネギなんかが見えたので、それを使ってもよろしいですか?」
「中途半端に余っていたから、使っちゃってよ」
くのいちはフライパンの上で焼けていく餃子を見つめている。
「一恵お嬢ちゃんはゆっくり座って強と話でもしててよ」
強は部屋の隅でテレビを見ている。しかし彩子の所作は気になる。
「ありがとうございます、お母さん。私、フライパンの火加減を見ていますから」
としばし台所にとどまるくのいち。
彩子は手に取ったナスに斜めに垂直にと包丁を入れる。あっという間に三日月形のナスが沢山できる。それに麺つゆとゴマ油をさっとなじませて電子レンジに入れる。
そうしている間に残っていた餃子のタネの挽肉、もやし、ゴマ油、チューブに入ったおろし生姜、コンソメの素、麺つゆなどをもう一つのフライパンに入れて火にかける。
『ピピピピ』と電子レンジの音。彼女はフライパンをかき混ぜながら、レンジの中から取り出したナスを加える。こうするとナスを炒める時間が短縮できるのだ。
彼女は素早く長ネギを刻む。最後にそれをパラパラと盛り付けて出来上がり。
ちょうどその頃、三十数個の餃子も焼き上がる。
「お母様、できました。簡単な物ですけど」
油で蒸したナスと挽肉ともやしの炒め物。生姜&ゴマ風味。長ネギがトッピングされている。
「あら彩子ちゃん、手際がいいわね。餃子を焼いている間に一品作っちゃったのね」
「ここに鶏ガラスープの素と片栗粉もありますね」
彼女は鍋に湯を沸かし、その間に片栗粉を水に溶いて卵も二個ボウルでかき回す。 煮立ったお湯にスープの素と片栗粉をまぜ、その上から渦を描く様に溶き卵を注ぎ込む彩子。その辺にあった醤油やベーコンのかけらやコショウなどで味を整え、あっという間に卵スープの出来上がり。
「あ、あたしご飯よそります」
とくのいち。
部屋の隅から台所の様子を見ていた強は彩子のテキパキとした動きにちょっと感心している。陰キャでどちらかというと鈍臭い印象であった彼女を見直している様だ。
「(よし、将来俺がお金持ちになったら彩子ちゃんをお手伝いさんとして雇おう。そしてミニスカパンスト姿で家事をやってもらおう)」
……それじゃあ彩子の野望は達成されないのだが。
三人で仲良く昼食を食べた後はくのいちはいち早く食器洗いを買って出る。
「俺も手伝うよ」
と言った強に、
「いいの。これくらいはやらせて」
と答えるくのいち。彩子は無言の圧に気押されて遠巻きに見守っている。
一通り片付けが終わる。
「お母さん、ちょっとお話が」
とくのいち。強の母親とくのいちは戸外に出る。残ったのは彩子と強。彩子は座布団に座っている強の隣に座る。
「ねぇ強君」
「何だ、彩子ちゃん」
「どうしてくのいちはここに来たの?」
「俺にもわからん」
「いつ頃帰るのかなぁ?」
「……さっきのおまえの料理、美味しかったな」
「ありがとう強君」
答えに窮する強。ラブコメの主人公の男は優柔不断と相場が決まっているのだ。ここは『いなかっぺ大将』の最終回の様に、いっそ二人一度に結ばれてはどうか?
一方、戸外で話をする強の母親とくのいち。
「お母さん、申し訳ありません。今日は泊めていただくつもりでこちらに伺ったのですが、ちょっと都合が悪くて、今日はおいとまさせていただきたいのですが」
「えっどうしたの一恵ちゃん。今夜は私とサイコちゃんで、ネカフェで夜通しお話でもして過ごすつもりでいたのよ」
「(お母さんは彩子と今後の事を話し合うつもりなんだ。やっぱあたしがここにいるのは気まず過ぎる)」
「それがその、私……急に始まってしまって……」
おへその下辺りに手をやるくのいち。




