第227話 情報通のチョコからの電話
その頃、強の家から数十メートル離れた公園でくのいちはチョコと通話していた。
強の母親の計画によると、強とくのいちが両親と同居する事になった時はここで行為に及ぶ事になっているが、そんな事はくのいちは知る由も無い。
(いや、くのいちなら速攻で広い家を借りちゃうだろう。残念。)
「彩子が妊娠って本当なの、チョコ?」
「彩子のクラスではその話題で持ちきりだよ。クラスの携帯アーミーから連絡が入った」
「一体、誰の子よ!」
「それが……どうやらお相手は強らしいんだ」
「強って、あの剛力強? ガーディアンデビルズのメンバーでバレエ同好会所属のケンカ十段の茶髪?」
「そこまで念を押さなくても、あいつだよ」
「それで、お腹の子はどうするのよ?」
「強と彩子ちゃんで相談して、堕胎の方向でいくらしいんだけど、彩子ちゃんは強の前でわんわん泣いていたんだって」
「にゃんにゃんじゃなくてわんわんだったんだ……」
思わず『犬のおまわりさん』の歌詞が頭に浮かぶくのいち。
「それで彩子をお姫様抱っこして部室に連れ去ったそうだよ」
「あのねチョコ、実を言うと彩子が今強の家に来てるのよ」
「えっ、本当? なぜ分かるの? あんたは今何処にいるのよ?」
「そ、それは強の貞操警報が鳴ったから慌てて駆けつけたのよ」
「その警報、数ヶ月前に作動していないと意味ないじゃん」
テキトーなでまかせはすぐチョコにはバレる。
「ねぇチョコ、あたしどうしたらいいんだろう?」
「まず、事実関係を確認しなきゃね。ひょっとしてガセの可能性もあるし」
「そうよねチョコ、ガセに決まってるわ! もし本当でも、彩子をとっつかまえて炭酸水で体の中を洗っちゃえば何とかなるよね!」
くのいち、それは誤った性知識だ。おまけにもう何もかもが手遅れだ。
「でも彩子が強の家に行くなんて普通じゃ考えにくいよね」
とチョコ。
「うん。おまけに今夜はあいつの家に泊まるらしい」
「えっ本当に? ガセじゃなくて?」
「強のお母さんがそう言ってたから間違い無いと思う」
「それであんたはどうするつもりなの、くのいち?」
「強のお母さんには『私も強の家に泊まる!』って勢いで言っちゃったんだけど……」
「私も応援に行こうか? あいつの家、狭いから多分押し入れで寝る事になるかもしれないけど」
「そんな狭い所じゃ寝られないよ」
「あたしは大丈夫だよ」
とくのいちより身長が三十センチくらい低いチョコ。何やら対抗心を燃やしているのか、はたまた自分は強の家には行った事があるのを自慢したいのか。
「だけどさぁくのいち、なんか気まずくならない? お腹に赤ちゃんがいるカップルと一緒にお泊まりするんだよね? しかもあいつらは今後どうするかまだ話し合いの最中かもしれないよね」
「とりあえず、あいつの家に戻ってお母さんなんかとも話してみるよ」
「それはいいんだけど、強のお母さんは彩子ちゃんが妊娠している事、知ってるの?」
そういえばそうだ。うっかり自分がその情報を母親に伝える事になっては都合が悪い。
「(あ、ヤバい。こんな時に……)」
くのいちのおへその下あたりからチクチク、モヤモヤする様な独特の違和感から、急に体が冷たくなる感覚が訪れたのだ。
「お母さん、こんにちは」
努めて明るく振る舞いながらくのいちが強の部屋に戻って来る。
「あら一恵ちゃん、いらっしゃい」
そう答える強の母親は台所で昼食の支度をしている。
「今日はもう一人お友達も来ているのよ。サイコちゃん。一恵ちゃんも知っているわよね」
「は、はい。同じメンバーですから」
にっこりと微笑む彩子。彼女は母親の隣で料理を手伝っている。
「サイコちゃんがね、お昼作るの手伝ってくれているのよ」
彩子は使い捨ての薄いビニール手袋をして、ボウルの中のひき肉を手でこねている。
「わ、私も手伝います」
と反射的に答えるくのいち。ここでボケっと見ているだけでは女子力の低さが露呈してしまう。
「今日は焼き餃子を作るの。中のひき肉なんかはもう彩子ちゃんがやってくれたから、あとは二人で皮に包んでくれるかしら?」
「わかりましたお母様」
と彩子。一方のくのいちは『お母様』という言葉にボディーブローを喰らう。
「頑張ります」
と答えるのが精一杯。
調理用のビニールクロスが敷かれたちゃぶ台の上に置かれた餃子の皮とひき肉などの中身が入ったボウル。その隣には大きなフライパンと水の入った小さな容器が置かれる。
ボウルに置かれた茶さじを使って餃子の皮にひき肉を入れ、ヘリを濡らして包んでいく二人。彩子は皮に上手にひだを作りながらてきぱきと餃子を完成させていく。一方のくのいちは皮のヘリを力ずくで押さえてのっぺりした餃子を作る。




