第226話 貧困から脱出する月並みな方法
彩子が泊まる事になったのを知った強の母親。その時のアドバイスは「妊娠はさせるな」であった。そしてくのいちが泊まる事を知った母親のアドバイスは……。せっかく強と彩子の為に母親が買ってきたイチゴ味の厚さ0.02mmのアレは不要となりそうだ。
「姦れって……そんな漢字、学校じゃあ教わらないよ」
「じゃあもっとお上品な言い方をすればいいのかい? 行為に及べ」
母親の目は据わっている。
彩子が泊まりに来ると知った時とは母親の意気込みが違う。
「えっと、彩子ちゃんもいるんだけど」
「馬鹿野郎!」
母親はジャンプして空中で回し蹴りを放つ。足首が強の後頭部にクリーンヒットする。
「うわーっ! 延髄に蹴りを喰らってしまったぁ! もう倒れるしかない!」
強はバタンと倒れる。この延髄斬りもプロレス団体の主催者の独占技だ。他のレスラーが真似してもカッコ悪いし効かない。
「お前、このままうだつの上がらない高校生で一生借家住まいで過ごすつもりかい?」
「一生高校生はないと思うけど。売れっ子アイドルVチューバーじゃないんだから、永遠の十七歳ってのはムリがあるだろ」
「親に口答えするなーっ!」
母親は左足を伸ばして九十度前方に振り上げる。
「ああっ、体が勝手に母さんの足に吸い寄せられていく!」
強は母親の足の裏めがけて突っ込み、倒れる。これは貧乏な家庭に伝わる『文無しキック』だ。プロレスの主催者以外はこの技は出せない。
「お前が一恵お嬢ちゃんと結ばれたら、当然ウチらの家賃は免除でしょうが!」
「母さん、俺とくのいち、父さんも含めて四人でこの家に住むつもりか?」
「何が悪い!」
「新婚夫婦のプライバシーはどうなるんだよ?」
「そんなのすぐそこの公園でやってろ! いいかい、よくお聞き強。住宅事情の悪かった昔はみんな屋外で普通にしていたんだよ。嘘だと思うなら、浮きメディアで『青姦』を検索してごらん。ちゃんとそう書いてあるから!」
早速携帯で検索する強。
「母さんの言う通りだ。昭和の若者は、みんな公園でしていたんだね」
更に携帯で検索を続ける強。
「時代はさかのぼるけど、縄文人は夜は獣が襲ってくる可能性が高いから、昼間にしていたってネットに書いてある」
「そうだろう。青森の三内丸山遺跡だって、あれは物見やぐらじゃない。縄文人が夜でもちゃんと安心してできる様に高い所に作ったんだよ」
歴史学会に風穴をあけたな、強の母親。
「お前も十円玉の模様は見た事があるだろ?」
「俺を馬鹿にすんなよ母さん。10って書いてあるよな」
「この馬鹿息子、その反対側に描かれている建物の話だよ!」
母親は強に『かわずおとし』という技をかける。この技も主催者以外のレスラーが使うのを見たことがない。
「うわーっ、やられたーっ! 確か平等院鳳凰堂だよな。中学の修学旅行で行ったぞ」
「あれは誰が建てたんだい?」
「だ……」
と言いかける強。
「『大工さん』とか答えたらブッコロ、ブッコロ!」
危うく人生を終えるとこだった。慌ててネットで検索する強。
「藤原頼道って書いてあるぞ」
「そうだよ。この人は一族を身分の高い人の所に嫁にやって出世して、豪華な建物を建てたんだよ。強、いつかあんたも一恵ちゃんに立派な建物を建ててもらうんだよ、母さんはそれだけが生き甲斐なんだよ。よょよょ……」
ハンカチで目頭を拭う彼女。ついに泣き落としに出た。
『愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ』というが、完全に歴史から学んでいる。強の母親は賢者だ!
そういえば、以前強は家賃の支払いが遅れてくのいちから拷問を受けた事がある。その時、『家賃を払わなくて済む呪文』を琢磨に教わった。確かそれは『オレヲモラッテクレ、クノイチ』だった。そうか、あれはそういう意味だったのか……って気付くのが遅すぎる(笑)。
「さっきからお笑い展開が続いているけど、あんたまさかおじけ付いたのかい? 身分の違い過ぎる二人だからって……あぁ私はそんな息子に育てた覚えはないよ!」
「すみません、息子の育ちがかんばしくなくて」
「私の仕入れた筋トレ知識によると、カノジョにしごいてもらえば、鍛えられて大きくなるって聞いた事があるよ」
「くのいちにシゴかれたらボキッてイっちまうよ、母さん」
何だよ筋トレ知識って。そんなもんどこから仕入れたんだよ? セイコーマートか?
「シゴかれたらボキッて……あんたとうとう日本語も怪しくなっちまったのかい? 『ッ』の位置が違うだろう!」
と賢者からの戒め。
長々と続く剛力親子のプロレス芸。彩子はそれを窓から眺めていた。
「とにかく、お前が一恵ちゃんと一夜を過ごす時は私が彩子ちゃんを近くのネカフェに拉致する。女子会という事にして上手く誘い出すから」
やはり彩子は『必要な時は拉致や監禁をしてもオッケー』な存在と認識されている様だ。




