第218話 容赦ないミルクの特訓
真面目にやれ、彩子。このままでは水も食糧も酸素も尽きてしまうぞ。光合成でもするつもりかっ!(場面を盛り上げるための誇張です。)
「くりゅみぽんちぃあたちもでるかなぁ」
「幼女キャラのフリをすればいいってもんじゃないよ〜」
容赦のないミルクのダメ出し。
「真っ赤な戦闘服を着た女の子が気を失っている。よし、僕のクルミポンチを……」
(くどい様ですが、彩子です)
「その子は寝るフリをしてるだけだよ〜。さっさと神話になっちゃって〜」
「坊やのクルミポンチ、美味しいわ。おかわりいただけるかしら?」
(の、飲んでる……)
「お姉さんキャラになっちゃってるよ〜」
「クルミポンチパワー、ウェーイクアーップ!」
「お仕置きされたいの〜? 望むところだよ〜」
「お兄ちゃんのクルミポンチ見てみたーい」
(いいぞ彩子。あとひと息だ)
「良くなってきたよ彩子ちゃ〜ん」
「じいさんや、あんたのクルミポンチはもうタマ切れかい?」
「一気に萎えちゃったよ〜」
「悪い奴は許さないぞ、クルーミポーンチ!」
「だから ぼくは いくんだ ほほえんで〜」
「もっとお色気を込めて『くるみぽんち』って叫んで〜」
その時、ミルクの声に反応してドアが開いてしまう。
『うぃーん。ぱっかーん』
とドアの音。
「しまった〜」
「閉まってないよミルクちゃん、開いたよ! これで出られるよ!」
彩子がドアから外に出ようとするとミルクがごく小さな声で『閉じろ、ゴマ』と言う。ドアがさっと閉まる。驚く彩子。
「あーっ、またドアが閉まっちゃった! ねぇミルクちゃん、今どこかで『閉じろ、ゴマ』って聞こえなかった?」
ミルクはそっぽをむいて口笛を吹いている。
「気のせいだよ彩子ちゃ〜ん。幻聴でも聞こえたのかな〜?」
「(私、胃潰瘍の点滴を大量に受けたせいで幻聴が聞こえたの? そんな事ってあるの?)」
胃カメラや大腸の検査をする時、一時的に胃腸の動きを抑えるためにブスコパンの静脈注射をする事が多い。高齢のご老人だとそれにより幻聴、錯乱などの副作用を起こすことはある。胃潰瘍もシメチジンなどの薬剤の静脈注射は投与量や投与期間によってはやはりご老人に幻聴、錯乱を起こす。しかしえっちな学園ラブコメには不要なうんちくなので読み飛ばしていただきたい。
彩子がよく視聴するYouTubeの山の遭難チャンネルでは、登山者は危機的状況になると幻聴が聞こえる事があると説明されていた。彩子は今まさにそういう状況を体験しているのだ。ちゃんとYouTubeを見ていたのが役に立った……いや全く役に立っていない。ミルクにうまく丸め込まれただけだ。
「まだまだいけるよ〜ファイト、彩子ちゃ〜ん」
どうやらミルクは彩子を簡単には帰すつもりはないらしい。
ファイト一発、頑張れ彩子。
「こら、ちゃんとくるみぽんちしないとダメだぞ♡」
(何の努力もせずに美味しい思いをしているあのヒロインにちょっと嫉妬している彩子。右手には呪いの水晶玉)
「バットにタッチして甲子園までイッて〜」
「これから毎日くるみぽんちをスケッチするでござるーっ!」
「ちゃんと日本語で言ってくれないと分からないよ〜」
ミルク、あんたイギリス人だろ。
「そこのお姉さーん、オラのゾウさんからクルミポンチが出るゾウ……」
「キャ〜、いっぱい出してくれよ〜ん!」
「ジュワッ! くるみぽんち光線で怪獣をやっつけるぞ!」
「すでにジュワッてなってるよ〜三分以内にいっちゃって〜」
ミルクレベルの達人になると、『受話器』と聞いただけでおかしな想像ができるのだ。とても常人の太刀打ちできるところではない。
「イケナイお注射したから、もう一回くるみぽんちイケるわよね、ダーリン♡」
(割井校長の奥さん、割井イシヨ医師。ミルクのクッキーで若返りして精力復活)
「校長先生の私生活を暴露しないで〜」
「限界を突破すっぞ。無敵のオイラのくるみぽんちを喰らえーっ!」
「亀はめて〜」
延々と続くミルクの容赦ない特訓。五百回を超えた辺りから彩子の頭はもうろうとしてくる。そしてとうとう符牒を反対から大声で叫んでしまう。すると……
「ヨク ガンバリマシタ ゴウカクデス」
スピーカーが祝いのファンファーレを奏で、ドアが開く。
「私、やったよミルクちゃん」
床の上にへなへなと座りこみ、今にも倒れそうな彩子。
「やればできるよ〜彩子ちゃ〜ん」
よく頑張った、彩子。何かを叶える為には何かを捨てる覚悟が必要なのだ。放送禁止用語を叫ぶくらいのリスクが何だっていうのだ!
床に這いつくばる様にして外に出ようとする彩子。するとまた、
「閉じろ〜、ゴマ〜」
との声が聞こえる。
「ドアが閉まります。ご注意ください」
非情なアナウンスと共にドアが閉まる。
「ミルクちゃん、私また『閉じろ』とかいう変な幻聴が聞こえた気がする」
「彩子ちゃ〜ん、特訓は始まったばっかだよ〜。次は実践編に入るよ〜」
ミルクの目が怪しく光り、その両手が彩子の胸元に迫る。思わず『ひいっ』と声を上げる彩子。実践編がベールを脱ぐ。




