第214話 彩子……おろしていいか?
「剛力さん、カンパが必要な時は声を掛けて下さい」
「俺、良い医者知っていますよ」
と男子生徒達。
「女の子に強制するなんて、強君を見損なったわ」
「ダメ男の典型よね」
と女子生徒達。
どうやら嗚咽混じりの彩子の『私、脱退する』は『私、堕胎する』と聞こえた様だ。
「と、とにかくここじゃあ話も何だから、部室に行こう」
強の胸に顔を埋めたままの彩子を、彼はお姫様抱っこする。そして逃げる様に彩子を抱えて教室から出て行く。
昼休みの居残りで教室には教師が一人いた筈だが、彼は短時間席を外していた。彼は教室に戻るとただならぬ雰囲気を察した。
「おい、君達。昼休み中に何かあったのか?」
クラスのリーダー格の男子が返答する。
「い、いえ。何でもありません、先生」
『堕胎を希望している女生徒をケンカ十段の男がお姫様抱っこをして連れ去って行った』とは流石にとっさには言いにくかった。
彩子をお姫様抱っこしたままガーディアンデビルズの部室に入る強。そのまま彼女を椅子に座らせようとする。
「座れるよな、彩子。おろしていいか?」
彩子は暫く『ひっくひっく』としゃっくりを繰り返した後に答える。
「座れますけど、もう少しこのままじゃダメですか、強君?」
「ちょうどいい筋トレだな。構わないぜ」
強は彩子をお姫様抱っこしたままスクワットを始める。まるで遊園地の遊具に乗っている様な上下の心地良い動きに心が安らぐ彩子。
「彩子、何があったのかは知らねえけどガーディアンデビルズを本当に脱退するのか?」
「このままだと、私、何か怖くて」
「怖い? くのいちがか?」
「ううん、そうじゃないけど」
と咄嗟に嘘をつく彩子。本当は『くのいちが私を殺そうとしているの』と告白したかったのだが、もしそれを告白すると強から、『何おかしな事を言ってんだ、このサイコ女は』とか思われるのではないか、と恐れたのだ。
今は強には嫌われたくない、ガーディアンデビルズも脱退してしまったら強との関係も薄くなってしまうのではないか……など様々な考えが彼女の頭の中を巡る。
「ガーディアンデビルズはヤクザでも忍者の組織でもないんだから、辞めるのは簡単だ」
「本当なの? 小指を切り落とせとか迫られたり、抜け忍として里から追っ手が私を殺しに来たりはしないのですか?」
「お前、いつの時代の話をしてるんだよ……でも今後の付き合いとかもあるから、本当にやめるならよく考えてからにした方がいいんじゃないか?」
と強。
「そうだよね。私なんだか余計なこと考え過ぎちゃって」
「何でも俺に相談してくれて構わないからな」
「強君、私を守ってくれるの?」
「さっきだってお前がピンチの時にはこうしてすぐに駆けつけただろう?」
「それを聞いて安心した。ありがとう強君」
取り敢えず落ち着きを取り戻し昼休みの教室に戻る彩子。周りでは彼女の事をヒソヒソと噂話する生徒が何人か見られた。
噂話に敏感な彼女はいたたまれなくなり、今日はそのまま早退した。
自宅では『未解決事件ファイル。女子大生謎の神隠し?』などのYouTube番組を観て心を落ち着けた。しかしその晩、彼女は悪夢にうなされる事になった。
悪夢の内容はこうだ。彩子が学校の廊下を歩いていると、何者かが背後からヒタヒタと近寄ってくる。彼女が不審に思っていると振り向きざまに『ザクっ』と首の辺りを切られる。
「うぎゃーっ!!」
おびただしい出血をして倒れる彩子。薄れていく意識の中で『抜け忍の末路は哀れよのう』と言うつぶやきと鈍く光る手裏剣。
はっとして目を覚ます彩子。思わず首に手をやる。出血はしていない。
「夢だったのね。良かった。昨晩は何とか生き延びた」
と安堵する。しかしその後で彼女の頭の中にモヤモヤと不気味な考えが浮かぶ。
「強君はわずか三分で私の所に来てくれた。でもくのいちがその気になれば私を葬るのなんて一瞬だ。助けを呼んでも間に合わない!」
一体どうすればいいのか? 考えを巡らす彩子。恐怖に怯えながら自分の腕で自分の胴を抱きしめる。
ふと、自分の体が強に抱えられた時の感触を思い出す彼女。そういえば強に抱っこされたのはこれで二度目だ。一度目は自宅のマンションの五階のベランダから飛び降りようとしていた時、ベランダに強硬突入して来た強に南京玉すだれでスカートをまくられ、驚いた隙に彼がダッシュして来て彩子を抱きかかえた。
あの時は履き古したいちごパンツを強に見られた……だがそんな事はここではどうでもいい。
そして昨日は泣きじゃくって強の胸に顔をうずめている彩子を、彼はお姫様抱っこして、おまけに延長保育で椅子に下ろさずにそのままスクワットをしてくれた。ちょっとした空き時間も筋トレに利用するとはさすがケンカ十段である……がやはりそんな事はここではどうでもいい。
強のたくましくも暖かい腕の感触、そして悪い生徒達を仕置きする時のちょっと残忍で楽しそうな表情とは打って変わった優しい言葉や仕草。人を好きになるってのは理屈じゃなくて感覚的、本能的な物でそれは止めようが無い。彩子の頭の中が強で一杯になる。




