第213話 強君……来てくれたんだ……
ノリノリなメンバーの会話に、置いてけぼり感を感じる彩子。
「(あたし、ずっと黙っている。これじゃあダメだわ。陰キャだと思われちゃう……)」
今更そんな心配は無用だと思うが。
「勝ち負けはつかないで、全員で楽しめて、達成感を得られるものがいいですよね」
もっと具体案を提示できるとポイントが高いぞ、彩子。
「そっか……だったら……」
と言いかけたくのいちをさえぎってミルクが、
「マスゲームなんてど〜う?」
と言う。
「あっ、その案いただき!」
とくのいち。
「球技に参加している人達を応援する意味もあるのでいいんじゃないですか?」
と琢磨。
「ねえ彩子、あんたマスゲームの総監督やってみない? 元演劇部なんだから興味あるでしょ?」
そう言われ、『せっかく治りかけた胃潰瘍が再燃するのでは』とみぞおちのあたりを押さえる彩子。
「マ、マス……ゲームですか。私はどんな風にやれば……」
「参加者同士で雰囲気を盛り上げていって、やがて頂点に達した勇者に甘美な蜜を提供するの!」
「マスゲームって女の子も参加するのですか?」
と彩子。なんか話が変な方向に向いてきた。
「そうに決まってるじゃない。あんたが総監督としてみんなにお手本を見せてあげてよ」
「私の蜜は……美味しくないかもしれませんよ」
謙遜なのか実体験なのか。
「蜜の味なんて比喩的な物でしょ。あなたはクライマックスに到達した人に勝利の花びらを捧げればいいの」
くのいちは大真面目である。
「(くのちゃん、今日はグイグイ攻めるね〜。きっと勝利の蜜は少しにがしょっぱいかも〜)」
とニコニコしながら聴いているミルク。まさか彩子がそこまで苦しんでいるとは知る由も無い。
彩子暫く沈黙。その後でゆっくりと口を開く。
「まずは田舎の祖母と……相談させて下さい、殿様」
と忠実な御家人の彩子。彼女はこの後、またも学校を早退する。
入院していた病院に寄って、外来でまたもや胃潰瘍の点滴を受けた。
「(ちゅくば山での惨殺、聖水での毒殺と二度も失敗したくのいちは、今度は全校生徒の面前で私に恥ずかしめを与えようとしている!)」
彩子がそう考えるのも無理は無い。作者も『マスゲーム』という言葉を初めて聞いた時は同じ勘違いをしたのだから。
病院の外来の処置室でベッドに寝かされ点滴を受けながら恐怖に怯える彩子。確かにくのいちは気に入らない生徒には『手裏剣でお前の制服をズタズタに切り裂いて全校生徒の前で裸踊りをさせる』くらいの事は言いそうだ。っていうか、既に言っている。
(ヤンキーをパシリに使うくのいち。厚さ0.05ミリのゴムを買いに行かせようとした)
彩子にマスゲームを強制するなど他愛も無い事だ。
点滴を終え、やっとの思いで帰宅する彩子。今日はどんなYouTube番組を見ようか、そう考えていると、携帯にLINE着信音が鳴る。通知欄には手裏剣のアイコン。
お疲れ、彩子。
マスゲーム楽しみだね。
演劇部の腕を見せてね。
心配事あったら相談して。
寝ちゃってたらごめん。
くのいち より
これを読んで思わず彩子は携帯を手から落としてしまう。
「(やっぱくのいちは私を殺す気だ!)」
今までの疑念が確信に変わった。このメッセージを縦読みしたら『おまえしね』になるのだ!
パズルを解いてヘビに襲われている彩子を助けるのよ! ……あ、またゲームオーバー。なんかこのキャラ、本気で助ける気になれないのよね。
サイコマッチ
「(私、死ぬの? 元はと言えばくのいちに助けてもらったこの命だけど、やっぱり私……生きたい! ここは公衆の面前でのマスゲームも恥を忍んで晒すべきなの? でも例えマスゲームを実演してもまた次から次に難題が降りかかるのは目に見えている! どうすればいいの彩子、考えて!)」
ここはまず考える前に、ちゃんと『マスゲーム』をググって勘違いを解くのが先だと思うのだが。
翌日の昼休み。彩子は正午ピッタリに強にLINEを送る。
『強君、私ピンチなの。すぐに来て』
彩子の教室に強が姿を現す。彩子が時計に目をやると午後十二時三分。
「彩子ちゃんどうした、大丈夫か?」
さすが強。救急車か消防車並みに早い。
「あ、強君。来てくれたんだ……」
強の姿を見て思わず涙を流す彩子。
「仲間がピンチの時は速攻で駆けつけるに決まってんだろ」
「強君、私、私……」
『うわーん』と泣き声をあげて強の胸に顔を埋める彩子。強もこの場合、両手を下に下ろしたままでは何か申し訳ない気持ちになり、取り敢えず彩子の後頭部と背中に軽く手を回す。
教室に居た彩子のクラスメート達は何事かと二人に注目する。
「あ、強君が彩子ちゃんを泣かせた」
野次馬の騒ぎを無視して彩子に優しく問いかける強。
「取り敢えず、何があったか話してみろ」
「うっうっうっ……」
と泣きじゃくる彩子。上手く言葉にならない。
彩子の後頭部と背中には強の暖かい手の感触が伝わる。『ここは取り敢えず何かを強君に伝えなきゃ』と思う彩子。
「強君、私……(ガーディアンデビルズを)脱退する」
彩子は嗚咽混じりにようやくこれだけの言葉を発する。
周囲からは『ざわ、ざわっ』とどよめきが走る。




