第21話 くのいちVSヒッキー
公園の土管の前でのリサイタルの聴衆を強制されるヒッキー。くのいちの横暴にヒッキーは敢然と立ち上がる!
装備が整ったヒッキーは道具屋を出て、くのいちと向かい合う。
「おとなしくあたしのリサイタルを聴く気になったか?」
「拙者はイジメには屈しない。この肉切り包丁で闘うでござる!」
くのいちの剣とヒッキーの肉切り包丁が火花を散らす。
最初は威勢が良かったがヒッキーは大振りをし過ぎて次第に疲れてくる。
「どうしたの? 息が上がってるわよ」
くのいちの剣さばきが徐々に優位に立ち、ヒッキーは追い詰められる。
「まだ鍛え方が足りないわね。鎖につないででもお前をリサイタルに連行する!」
くのいちはそう叫んで剣を振り下ろす。ヒッキーが肉切り包丁で辛うじて受けとめる。その時くのいちの剣が突然しゃべり出す。
「お嬢、済まない。今ビットコインが急に十パーセントも上がった。俺様は利益確定の売りを出さなきゃならないのでこれで失礼する」
剣はそう言うとくのいちの手を離れ、彼方に飛んで行ってしまう。
「あ、こら待て! 仕事と資産運用、どっちが大事なのよ!」
「二百億円を失った俺様の気持ちはお嬢には分からないさ」
と彼方から剣の捨て台詞が聞こえる。
剣は視界から消える。肉切り包丁をかざし、くのいちに詰め寄るヒッキー。
「今日のところはお前の勝ちだ。次回からはもっと強い武器、強い肉体を装備しろ」
くのいちは懐から煙幕を取り出し地面に叩きつける。そして煙と共に姿を消す。
残ったヒッキーを街の人々が取り囲む様に集まってくる。
「あの地獄の様なリサイタルから私達を救っていただいて、お礼の申し上げようもありません」
「あなたはこの街の英雄です、勇者様」
「再来週もまた来て下さい」
拍手、賞賛の声、お礼の品の数々。ヒッキーの顔に笑みがこぼれる。彼はお礼の品を抱え、先程の道具屋に再び入る。女主人のミルクが出迎える。
「おかえり〜。カッコ良かったよ〜」
「防具と肉切り包丁が役に立ったでござる。でも勝てたのはたまたまでござるよ」
「だけど逃げないで闘う姿〜ちょっと感動しちゃったよ〜」
「かたじけない」
「さあ、元の世界に戻ろう〜。私と手をつないで〜」
ミルクとヒッキーは向かい合い、両手をつなぐ。ヒッキーははにかむ。
「目を閉じて『元の世界に戻りたい』って念じれば〜元居たカプセルに戻れるよ〜。簡単でしょ〜?」
ヒッキーはミルクの顔をじっと見つめる。
「ミルク殿、今すぐ戻らなくちゃダメでござるか?……折角この世界に来た手前、もう少し見て回りたいのでござるが。その、できれば、そなたと……」
「素敵な提案ね〜。だけどさっき剣を失くした怖い女戦士があなたを探しに来るよ〜」
「あの女は拙者を如何様にする気でござろうか?」
「あなたがバッサリ切り捨てられてライフポイントがゼロになれば〜そのままカプセルに戻されるよ〜。運良く斬られないであの女のリサイタルに延々と付き合わされたら〜七十二時間でタイムアップだからそこでカプセルに戻れるよ〜」
「つまりこの続きはもっと強くなってから、でござるか」
「ビンゴ〜。強くなったら〜誰にも邪魔されずに七十二時間この仮想現実の世界を楽しめるよ〜」
ミルクとヒッキー、手を繋いだまま目を閉じる。二人の姿は道具屋から霧の様に消失する。
SF研出張所の白いカプセルからヒッキー、ミルク、くのいちが出て来る。精神世界での冒険が終わり、彼らの精神は現実世界に戻って来たのだ。
「お疲れ〜」
とミルクはヒッキーをねぎらう。
「次も勝てると思わないでね」
とくのいち。ヒッキーはそれには答えず、
「ミルク殿、今すぐ補習をやりたいのでござるが」
と言う。
「そうこなくっちゃね〜。じゃあ補習室に行こうか〜?」
ミルクはヒッキーの肩をポンと叩く。
場面変わって『補習室』と書かれた教室の中。先ほどのヒッキーがルームランナーを必死にこいでいる。横には森野ミルクが着いている。
「は〜い、頑張って〜。あと三キロ痩せたら〜『チョイイケメン券』ゲットだよ〜」
ヒッキーは喘ぎながらミルクに言う。
「はぁ、はぁ。もっと強い武器も欲しいでござる」
「じゃあ歴史暗記百個券と〜化学式暗記三十個券を〜目指そうよ〜」
SF研は今回は登校拒否気味のヒッキーにダイブカプセルを試し、補習室への登校や暗記科目の勉強、運動などの動機付けなどに成功した。
実はヒッキーはeスポーツ、ゲームプログラムには長けていて、必要な物理や数学の知識に限っては一通りマスターし終えているのだ。しかし興味のない科目はほとんど勉強しないので、留年の危機に瀕していた。ミルクの助けで、どうにか進級の目処が立っていきそうなのだ。




