第206話 五人力の正体
一時間後、喘ぎ声とヨダレまみれになった五人力が呟く。
「はぁはぁはぁ……苦しい。被り物を外してくれ……」
「あら、この私に被り物をむいて欲しいの?」
魔女の血が騒ぎまくるミルク。
ミルクは五人力の首から突っ込んでいた手を抜いて、ゆっくりと被り物のカボチャを引き抜く。
「あ、あなたは!」
驚く琢磨。
「そうれす」
うわ、ここはもったいをつけようと思ったのに一気に犯人がばれてしまった。
「五輪仁希先生、あなたが五人力だったのですか!」
「私の正体に気付かなかったとは切磋琢磨君もまだまだれすね」
「五人力って、五輪仁希先生のアナグラムだったのですね!」
「私、イツワニキは昔から『ゴリンニキちゃん』と呼ばれていたのれす。バレバレのアナグラムれすよね」
琢磨はイツワ先生を穴から引き上げる。
「え〜っ、五人力の正体は五輪仁希先生だったの〜? 全然気付かなかったよ〜」
と棒読みのセリフのミルク。
「ミルクちゃんは途中で気付いていたのれすよね!」
「何でこんな怪しいメールを校内に回したのですか?」
と琢磨。
「復習のためれす」
「復習?」
「そうれす。先週の英語の授業でミルクさんは英文和訳が上手く出来ませんれした。その復習を次回の補講でしようと思ったら、ちょうど統一試験の結果発表の日で授業はなかったのれす」
「今日は半日で授業はおしまいでしたからね」
「『試験の結果発表の日の放課後に補講をやって欲しい』と言う生徒が何人かいたのれす。私もその要望に応えようと、ミルクさんにメールを送ったのれす」
「それがあのメールだったのね〜」
「ちゅくば市随一の学園の一番カワイイ子と言えばミルクさん以外にいないれしょう。私はミルクさんと英語のおさらいをしたかったのれす」
「『サライに来る』って英語のおさらいに来てくれるっていう意味だったんだね〜」
「先生の怪しいメールのせいで、学校中が大騒ぎになっているのを知らなかったんですか?」
「えっ、何のことれすか? 私は何も」
彼女は非常勤講師なので、昨日からの騒動は連絡が行かなかったのだ。
そこに補講を期待していた生徒が数人入ってくる。
「五輪先生、ここにいたんですか。あ、ミルクちゃんも一緒だ」
「生徒のみんなも私と一緒に復習するために放課後も残ってくれたのれす」
残っていた生徒達は大半がミルクのファンか。女生徒も何人か混じっている。
琢磨が生徒達に問いかける。
「例の脅迫メールの事は当然連絡は回っていたよね?」
「ミルクちゃんのファンなら、あれが脅迫メールのはずはないとすぐに分かりますよね。五輪先生の補習があればそれは確実です、琢磨さん。もし補習がなかったら、念の為脅迫の可能性も考えて、みんなで集団下校するつもりでした」
とミルクのファンの生徒。
生徒達は何かを期待する様な視線で五輪先生とミルクを見つめている。
「じゃあせっかくだから今から補講を始める〜?」
「やってくれるのれすか、ミルクさん」
一同、着席する。琢磨もそれに加わる。
五輪先生は教壇に立ち、黒板に英文を書く。
I can’t stop my desire to explore the wet bushes of Lake Mann.
生徒達からどよめきが走る。
「補講を期待して残っていた甲斐があった」
「誰かこの英文を和約できる人はいるのれすか?」
生徒一同沈黙する。
五輪先生は嬉しそうに微笑む。
「それでは仕方ありません。森野ミルクさん、和訳してくらさい」
「わ、私が和訳するのですか〜?」
「そうれす」
「こんな放送禁止用語の湖、カナダ以外にもあるの〜?」
カナダにはLake Oman とLake Chin が実在するのは前に説明した通り。
更にLake Mannも世の中にあるのだ。物知りな五輪仁希先生が説明する。
「Lake Mann は、れっきとしてアメリカのフロリダ州にあります。あと、日本の沖縄県にもあるのれす」
「先生の放送禁止に懸ける熱意にはかなわないよ〜」
とミルク。恥ずかしそうに和訳する。
「僕はとある湖の濡れた茂みを探索したいという欲望を抑える事ができません」
ちゃんと『僕は』と訳しているところがさすがである。
「『とある湖』の部分が和訳できていませんね。ちゃんと訳してくらさい」
「湖マンです」
「翻訳が硬いれすね。前回の課題が克服できていません」
「マン……」
とミルクが言いかけたところで『パン!』とピストルの空砲が鳴り響き、ミルクの声の肝心な部分が掻き消される。
驚いて音の方を見つめる一同。
「五輪仁希先生、そこまでよ」
熊撃退用の空砲のピストルを手にしたチョコが、部室に入って来る。
「チョコ〜、今いいところなのに〜」
「五人力の正体はあなたですよね、仁希先生」
琢磨がチョコに言う。
「チョコさん、それはもう仁希先生が正体を明かしてしまいましたよ」
「琢磨はちょっと黙ってて。せっかく私が調べあげた成果を発表しているんだから」
沖縄のLake Mannは湿地を保護するラムサール条約にも登録されている、大真面目な湖なのだ! 漫湖水鳥・湿地センターのホームページでは『漫湖のみどころ』などが堂々と紹介されているぞ!
https://youtu.be/zul7pvlzbeo?si=aoZFOCs65ViMw_t_




