第203話 五人力、現る
それから約一時間後。場面は再び魚池学園のガーディアンデビルズの部室。半袖短パンの体操服に身体中に呪文を書き込まれたミルクが教科書とノートを広げてテストの復習をしている。
そこに、
「ミルク」
と呼ぶ何者かのくぐもった声。ミルクはシャーペンを机に置いて目を閉じ、椅子の上で座禅を組む。
「ミルク」
ともう一度声がする。ミルクはゆっくりと目を開ける。
「あなたをサライに参りました、森野ミルクさん」
目の前には顔をすっぽりと被り物のカボチャで覆い、全身をマントに包んだ謎の人物。
「あら、あなたに私が見えるの〜?」
「勿論。二年二組森野ミルクさん」
ミルク心の中で独白。
「(琢磨さん! 体に書いた呪文、役に立たないよ〜!)」
ミルクは平静を装いつつ、問いかける。
「どうして私の名前とクラスがわかったの〜?」
「あなたの体操服に書いてありますよ」
ミルクは胸に縫いつけてあるゼッケンを見る。『2-2 森野ミルク』と書かれている。
「(しまった〜っ!)」
「あなたはカレシ持ちだね。実に羨ましい」
ミルクは改めて体に書き込まれた呪文を読む。
『ミルクちゃん、今日もカワイイね』
『またマタドナルドでマッタシェイク飲もうね』
『統一テストの英語、満点だったね』
……などと書き込まれている。
「(これ魔除けの呪文じゃないよ〜! 私が自力で戦うしかないのね〜)」
ミルクはカボチャ男を睨みつける。
「あなたが怪文書を送ってきた五人力なのね!」
「いかにも」
ミルクはうつむいて『ふふ、ふふふっ』と笑う。
「何かおかしい事でも?」
とマスクにマントの五人力。
「ふふ、ははは、あーっはっはっはー」
ミルクが何かすんごい技を出すのか? ……いや、よく見るとミルクは五人力にくすぐられている。
「くすぐるのはやめなさ〜い。やめないと大声出すわよ〜」
「ミルクさんの大声? それは是非拝聴したい」
と挑発的な五人力。
「言ったわね」
とミルクの口調が変わり、心の中で独白。
「(私の大声の衝撃波でこの五人力をまず失神させる! その後で奴の脈を取り、その二の八乗つまり二百五十六倍の周波数の叫びで奴の心臓に共振させる! たとえば奴の心拍数が毎分百二十回だったら秒に換算して二ヘルツ。私はその二百五十六倍の五百十二ヘルツの叫び声で奴の心臓を共振させ過大な負荷を与える! 心臓に基礎疾患があれば心臓麻痺を誘発できるはず! 証拠は残らない!)」
ミルクは息を大きく吸い込む。くのいち、強、節陶子から『Fカップ魔女』と恐れられている彼女の攻撃がまさに始まろうとしている。
「ああっ」
となまめかしい声をあげて、椅子にあぐらをかいて座ったまま、へなへなと上半身を机に突っ伏せるミルク。五人力は彼女の左の耳たぶを軽くつまんでいる。よく見ると彼女の太ももには『ミルクちゃんは左の耳たぶが弱点なんだよね』と書かれている。
琢磨は先日、ミルクとの反省会の後、給湯室でミルクから学んだ事を律儀にも記載していたのだ!
弱点の左の耳たぶをつかれ、なす術もなく全身が脱力するミルク。
「ぐにょろろろ。ちょっとFカップまでピクニックに逝ってきますにょろ」
そう言って彼女の脳みそも脱力し、頭蓋骨から自慢の胸部へと民族大移動を始めてしまう。これは大変だ! 西ローマ帝国もかつてこれにより滅んだと聞いている。




