第200話 テント張ってる。中身を拝見
「確かにくのいちは女子には人気あるよね」
くう子はそう言うと、ピンク色のセーターをさっと脱いでヒッキーに持たせる。そして自分のスカートのウエストの部分をクルクルと内側に巻き上げる。膝上二十センチのミニスカになる。更にブラウスを第2ボタンまで外す。
「でも男子ウケってのも大事じゃない?」
そう言って胸を反らせ足を開き気味にしてポーズを決めるくう子。くのいちにこんな格好ができるのかと挑発しているかの様である。
ヒッキーは顔を赤らめてどぎまぎしている。
「あれ、テント張ってる♡」
「は、張ってないやい!」
とヒッキー。
「ここは『張ってないでござるよ』だろう、ヒッキー。キャラが崩壊してるぞ」
「じゃあ何故カバンで前を隠しているのだ!」
「立派なテントじゃねえか。どれちょっと中身を拝見」
「お婿に行けなくなるでござるーっ!」
成長期の強は身長は百七十八センチはあろうか。かたやヒッキーは百五十センチちょっと。
「身長と中身は必ずしも比例しないのであるな!」
まるで見てきた様な物言いのくう子。
「くう子、それは俺への当てつけか?」
強は冗談っぽく笑って道端に立ち止まる。道端の空き地には何故かテントが置かれている。
よく見るとテントの布にはムンクの『叫び』のワンポイントが入っている。
こんな感じのイラスト。
「道端の空き地に怪しげなテント発見! テントを張っていたのはヒッキーではなくて、謎のムンク少女であったのか!」
とくう子。
「おーい彩子、用を足したら出てこいよ」
しばらくの沈黙。そして、
「私の心の叫びを聞いて!」
という声と共にテントから『ぬっ』と現れる人影。
「うわっ、出たーっ! これは不可抗力でござるーっ!」
と言い、思わずくう子に抱きつくヒッキー。あらかじめ不可抗力と弁明しているところが、不可抗力ではない証である。
不可抗力のプロであるヒッキーの攻撃に、ノリツッコミで応戦するくう子。
「ここはお約束のざんぱーんち!」
ヒッキーは吹っ飛ぶ。道端に置いてあった残飯入れのポリバケツに落下する。
「びっくりしたでござる、彩子。精神が正常な人にはなかなか真似のできない演技でござるな」
「いやぁ、それほどでもないわよ」
と元演劇部の彩子。いやぁ、それ、褒めじゃないから。
彩子がテントから出てくる。
「強君、くう子ちゃん、ヒッキー。私が何故この様な場所にいるのかお分かりですか?」
「うーん。道端で急に便意を催して、空き地で簡易トイレを設営していたのであるな!」
「良かったらこれ使うでござるよ」
ポケットティッシュを彩子に差し出すヒッキー。それを取り敢えずさっと受け取る彩子。
「私は決してメンタルに問題を抱えていてこんな事をしているのではありません。これはビバークなのです」
「ビバークって何だ?」
「ビバークとは、登山が予定通りに進まず山中で一夜を明かす緊急的な野宿のことでござるよ」
「彩子は排便が予定通りに進まず、空き地で脱糞する為に緊急でテントを張ったのであるな!」
「脱糞の件はしばらく忘れて下さい。私は二十キロの荷物を抱えて下校する途中で力尽き、仕方なくここで野営をしていたところなのです」
「何でそんなに重いものを運んでいたんだよ?」
「もし私が五人力とかいう人にさらわれて、山中に置き去りにされても、何とか生き延びようと」
彩子はテントの中から登山グッズを取り出す。ヘッドライト付きのヘルメット、衛星通信携帯、携帯バッテリー、雨具上下、ダウンジャケットなどの防寒具、杖、ロープ、底がギザギザの登山靴、カイロ、カセットコンロ、やかん、カップ麺、おにぎり、ペットボトルの水など。
次に彩子はピストルを取り出す。
「わあっ、『日本は法治国家』とか言っていたのは彩子でござろう!」
「これは熊を撃退するための空砲です」
「完璧な装備だな、彩子」
と強。
「他のJKがSNSなどで楽しくチャットをしている間にも、私はYouTubeの山の遭難チャンネルを全て視聴して今日という日に備えていたのです」
「なにがお前をそこまで山にかき立てるんだ、彩子?」
「そこに山があるから、とでも言っておきましょうか」
くう子が口を挟む。
「彩子は蔦屋でよくBL本を買っているのを見かけるが、何がお前をそこまでBL本に掻き立てるのだ?」
「そこにBL本があるから、とでも言っておきましょうか……って何を言わせるんですか、くう子さん」
彩子は強を見つめて言う。
「今のはただの演劇のノリですから本気にしないで下さいね」
顔を赤らめながら続ける彩子。
「ぶっちゃけ、楽しく登山をして遭難や事故に遭われた方々の悲惨な話を聞くと『私の方が幸せだ』と実感できるのです」
「なんかお前の幸せって歪んでないか?」
「悲惨な航空機事故の話も必ずYouTubeでチェックします」
「彩子は五人力に狙われてると思うのだな? 奴の目的は何なのだ? 豊満な肉体か?」
と貧弱な彩子の体を見つめて挑発的な事をいうくう子。
くう子の失礼な発言に、ヒッキーが身代わりの土下座。
彩子はピストルをちらつかせながら落ち着いてこう言う。
「私の父親は天才科学者の松戸博士。私を人質にして悪の兵器を父に開発させようとする輩がいても不思議ではありません。父はつい先日まで、学校のいじめを未然に防ぐ画期的な手裏剣の開発に取り組んでいました」
今回出番の少ない彩子は必死に自己の存在をアピール。大丈夫だ。君が持ってきた空砲と大きなリュックはきっと役に立つ。




