第193話 みどり野のサーブルのチョコレートケーキ
差出人は分からない様になっている。文面をじっくり読んだ後で強が訊ねる。
「この文章で、どうして俺とお前が体育倉庫で待ち合わせをしなきゃならないんだ?」
「『ちゅくば市随一の学園の一番カワイイ人』が誰を意味するかは説明不要でしょ。今日はあたしの誕生日なのよ。今がまさに『学園で一番大事なイベントの放課後』じゃない。強があたしを誕生日にさらいに来てくれるんだよね?」
「さらいにくるのは五人力とかいう奴だろ? 俺じゃねえよ」
「嘘! 名探偵のあたしをごまかす事はできないわ」
「何でそうなるんだよ?」
「あんた自分の苗字も忘れたの? DHAが不足してるんじゃない?」
「そうか。俺の苗字は確か『剛力』だけど」
「だと思ったわ。『ごにんりき』って『ごうりき』のリングネームでしょ?」
「俺はバレエダンサーを目指してるんだから、リングネームは勘弁してくれ」
「……って事はあのメール本当にあんたからじゃなかったの?」
くのいちの目がアメーバみたいにぐにゃぐにゃになる。
名探偵くのいちは悪の組織『e電子』の陰謀によりカラダはオトナ、おつむは幼稚園になってしまっている。
(くのいちのおつむとくのいちのカラダ)
しかし彼女は実はそこまでスカポンタンではない。彼女が一見バカに見える判断をするのは決まって自分にとって都合がいい時なのだ! 色々複雑に物事を考えるのが面倒な時などは、楽で得をする方向に思考が流れてしまうのだ。 この場合、『こいつはスカポンだから仕方ない』と思われていた方が有利な場合も多いのだ!
「と、とにかく今日はお前の誕生日だったんだな、おめでとう」
「ありがと。さあ、あたしをどこかに連れて行ってよ」
立ち直りが早いな、くのいち。
「連れて行きたいのはやまやまだが、先立つ物が……そうだ、俺について来い」
「行く行くー」
「(こいつを自転車の後ろに乗っけて河川敷でもサイクリングすればいっか。しかしその後『何か奢れ』とかいうかもしれねえ。ここは校長に相談してお手当の前借りでもするか?)」
強は割井校長に電話をする。校長は『すぐ来い』との返事をしてそそくさと電話を切る。
「お前の誕生日、前もって教えてくれていたら、お誕生日カードくらい作ってきたんだけどな」
「あたしの誕生日なんてチョコに調べさせれば一発でしょ」
「(そうかもしれねえが、わざわざ調べたがる奴なんているのか?)」
校長室のドアの前に立つくのいちと強。強がノックをする。
「入りたまえ」
と中から校長の声。
くのいちと強がドアを開ける。
『パンッ!』とクラッカーの音。
「お誕生日おめでとう、久野君」
なんと割井校長がヘンテコなシルクハットをかぶって出迎えてくれる。
「校長先生、ありがとうございます。よく私の誕生日を覚えていて下さいましたね」
「久野君、君は我が校にとって大変重要な人材だ。君の誕生日を忘れてしまっては私は校長失格だよ」
「(くのいちの誕生日はちゃんとあらかじめ調べておいて祝うのがこの学園のしきたりなのかーっ!)」
と恐れ入る強。すかさずナレーションが入る。
「くのいちの家は学園に毎年少なからずの寄付をしている。この程度のご機嫌取りは校長の責務なのであった」
「ささやかではあるが、ショートケーキを用意させてもらったよ。隣の応接室で味わってくれたまえ」
くのいちが強の手を取る。
「さ、応接室に行こ」
「俺も入っていいのか?」
「校長、お客様用の日本茶とフォークは二つ用意してね」
(琢磨&ミルクと比べるとなんてヤングな青春!)
くのいちは応接室をまるで自分の物と思っている様である。
応接室で一つのショートケーキを仲良く食べる二人。みどりののサーブルのチョコレートケーキだ。強はチョコと二人でイートインした事がある。そこに校長が入って来る。
「校長、聞いてよ。強ったら大胆なんだよ。あたしの誕生日にあたしをさらいに来る、なんていうメールを送ってきたのよ」
くのいちはメールを校長に見せる。文面を見た校長の表情がシリアスになる。
「ちゅくば市で一番カワイイなんて、こんな分かりやすい書き方しなくてもいいのにぃ」
校長は努めて平静を装いくのいちに言う。
「せっかくの君の誕生日なんだ。今日は強君とコスメショップで買い物でもしてきたまえ。カラオケに行くならば半額券もあるぞ」
そう言って強に魚池ドラッグズ&コスメのクーポン券とカラオケの割引券を渡す校長。間に何枚かお札が挟まっている。
「うわぁ、ありがとうございます校長先生」
ご機嫌なくのいち。
「明日は朝一番で部室に集合してくれたまえ。大事な話がある」
その言葉に取り敢えず安堵する強。くのいちに送られてきたメールはどう見ても怪しい。校長なら何とかする筈だ。
……などと考える強。一方のくのいちは、
「(今日はちゃんと水色に白のストライプのパンツを履いてきた。ちょっとえっちなボカロの歌で盛り上がるわよ! それから『あたしはくのいち、いじめっ子』の歌も、エコーのかかったマイクでアカペラで大音量で歌わなくちゃ!)」
と選曲リストを頭で考えていた。




