第189話 ミルク主催の反省会
第2部のヒッキーの精神世界のダイブで、ミルクは王様ゲームの主役を勤めた。その時の快感が忘れられないらしい。ヒッキーがスポンサーとなった賞金300万円のクエストの反省会をミルクは開いているのだ。本来ならその賞金の一部で、ミルクと琢磨は、ミルクの実家のイギリスへ旅行する皮算用であった。また、ミルクはハワイへの新婚旅行の準備資金を貯蓄したかった。くのいちがその夢を砕いた。当然、くのいちはとんでもない代償を払わされた。
放課後のガーディアンデビルズの部室。入り口の戸には『女王様の反省会室だよ〜』との貼り紙。メンバーならずともこれは誰が書いたのかは一目瞭然ではあるし、あえてこの戸を開けて中に入ろうとするものはおるまい。ミルクは第2部のヒッキーの精神世界のダイブで、王様ゲームの主役を務めたのがお気に入りだった様だ。
部屋の中には五十センチくらいの電気スタンドを手にしたミルクが立っている。その前で神妙に椅子に腰掛けているのは琢磨。
「切磋琢磨さん、今日はなぜあなたがここに呼ばれたか分かりますか?」
「僕の一人スイーツショップ巡りの趣味がバレたからですか、ミルクさん?」
ミルクは琢磨の頭を電気スタンドの傘で『ぽすっ』と叩く。
「はうっ!」
と琢磨。
「そんな事は女王様はとっくにお見通しです。私があなたを呼び出したわけは他でもありません。最近のあなたは……早い話、助けに来るのが遅すぎます」
「ミルクちゃんは電気スタンド使いなんだから、仲間の助けが遅いのは当たり前ですよね」
ミルクは電気スタンドの傘で琢磨の頬をぽすぽすと往復ビンタする。
「ああっ! ひどいよミルクちゃん。こんな事母さんにもされた事ないのに」
いや、普通誰にもされた事ないだろう。それにしてもマザコンは彼女に嫌われるぞ、琢磨。
「こう表現するのが正当なのかしら。人が遅刻する時には、相手を納得させるのに十分な口実をその誠実な態度に添えるというのがこの国の慣習である筈です。少なくとも私が最後に確認した時にはそうでした」
ミルクが人をフルネームで呼んで、翻訳調の怪しげな日本語を操る時はマジである。もう一段進むとこれがフルネームの呼び捨てになり、語尾に『!』が付く。
「ヒッキーのダイブの時は、ゴブリンに縛られたミルクちゃんを助けに行くのが遅れて申し訳ありませんでした」
「あなたの助けが遅れた為に、私が久野一恵の面前でどんな思いをさせられたのかをあなたは覚えていますよね、そうでしょう?」
なんだ、やっぱり覚えていたのかミルク。忘れたフリをしていただけか。
「ミルクちゃんの膀胱内圧は極限にまで高まり、ついに尿道括約筋の制御性能を凌駕して、その黄金の液体は決壊したダムの如く……」
琢磨がそう言いかけて、再びミルクによるスタンドの傘の制裁。
「その事は忘れなさい! 私の言葉を心に刻むの! 忘れなさい! 理解しましたか? ぽすっ、ぽすっ、ぽすっ!」
「はい、野ションの事は綺麗さっぱり忘れました」
「野ションという概念(notion)は忘れなさーいっ! ぽすぽすぽすぽすぽすぽすぽすぽす!」
さすがミルク。バイリンガルは伊達ではない。これだけ頭部に攻撃を加えられては、もう忘れるしかないだろう。
「ミルクさんもご存知の通り、あの時僕は三校統一試験一位の記念品のボールペン剣を装備していました。あの剣を使えばゴブリンを倒す事など造作ないはずでした。魚池が誇る伝説の弁護士節操先生相手のバトルもあの剣であっさりと勝てました」
「なぜあなたは敢えてそれを使わなかったのですか?」
「あの時、強君は武器は勃て……じゃなかった、盾しか装備していませんでした。僕は包帯使いに徹し、彼には僕の剣を託しました」
「強君は木刀しか持っていなかった様に見えましたが」
「あの剣は使う人を選ぶのですミルクさん。剣は強君に初歩的な算数の質問を出しました。あろう事か彼はその答えを誤ったのです」
「しかるにその質問とは? もし私が尋ねても良いのならば」
琢磨は黒板の前に立ち2+3×2= と書く。
「確か問題はこうでした。小学低学年レベルの問題だったので、まさか彼が間違えるとは思わなかったのですが」
「そんな簡単な問題を間違えるのですか? 答えは10……」
「そうなんですミルクさん。強君は10と答えてしまったのです。その瞬間、僕の自慢の剣は『使う価値無し』とばかりにただの木刀と化しました」
「そ、そうなのね。そういう事情があったのなら仕方ありません」
と弱気になるミルク。
「武器を安易に他者に託すべきではないと肝に銘じておきます」
「(えっ、どうして10じゃないの? 後でチョコに聞かなくちゃ)」
やれやれだぜ。ジョジョはいい加減殺気立つ事をミルクは知らない。乗除は加減に先立つのだ……ダメだ。このダジャレは全然面白くない。ボツにしよう。
琢磨はとっとと統一試験の最優秀賞のボールペン剣でゴブリンを片付けておくべきだったのだ。そうすれば、ゴブリンにとらわれてくすぐられているミルクをすぐに助けられるはずであった。しかし強に剣を貸してあげればお礼に後でお尻でも撫でてくれるのでは、という下心が湧いてしまい判断を誤ったのだ。




