第187話 (ここより第4部) 大学附属校の授業風景
大学の付属高校は他大学に生徒が受験するのを邪魔するため、高校からドイツ語やフランス語の授業をやったりするのだ。迷惑千万。
魚池高校は魚池大学の附属校である。大学へは受験なしで九割以上の学生が推薦で進学する。
有名国立大学への進学者流出を阻止する為、魚池高校のカリキュラムはやや特殊な物となっている。『社会で通用する多様な人材を育成する』のを名目に、大学受験とは余り関係のない授業も取り入れているのだ。要するに他大学受験の邪魔をしているのだ。
三年生のとある化学の授業での話。先生が生徒達に実験の説明をしている。
「君達は将来、鑑識や法医学、あるいは私立探偵などへの道に進む者もいるだろう。という訳で今度の実験はルミノール試薬、SM試薬の反応実験を行う」
生徒達はぽかんとして先生の話を聞く。
「ルミノール反応はアルカリ性の環境下で過酸化水素を加え、ヘモグロビンを青色に発色させるものだ。つまり衣服などに付着した微量の血液の検出に用いられる」
大学受験には恐らく縁の無い知識だが、魚池大学進学の推薦をゲットする為には知っておかなくてはならない。しっかりノートを取る生徒達。
「次にSM反応についてだが」
と先生が言いかけたところで、頭に『ヤンキー』と書かれたバンダナを巻いたお馴染みの女生徒が挙手する。
「しつもーん」
「何だね、楊君」
知らなかった。ヤンキーって苗字は『ヤン』だったのか。下の名前が気になる。日本人にしては珍しい苗字だ。
「SM反応って、何か痛みや快楽に対する反応ですか?」
「教室からは笑いが漏れる」
「貴伊ちゃんナイス!」
との声。彼女はクラスの盛り上げ役の様だ。
「ヤン君」
シリアスな顔でヤンキーを睨む化学の先生。
「はい、すいませーん」
とヤンキー。
「半分正解だ」
「えっ、今度の実験はイケナイ事をしちゃうんですかぁ?」
クラス内は大盛り上がり。
「男性の体液中に大量に存在する酸性ホスファターゼにSM試薬は反応するのだ」
「体液って何ですか? 汗? 唾液? 涙? まさかオシッコですか?」
グイグイ来るな、ヤンキー。体液はこの作品の一大テーマだ。
「残念ながらそのいずれでもない。しかしヤン君。君が検体を提供すれば、一度にルミノール反応もSM反応も実験できると思うが」
反撃に出たな、先生。
「やだぁ先生。私は清純派なんですから、SMは無理ですぅ。それに私、女の子の日は大人しくしていますぅ」
見事な切り返しだ、ヤンキー。
またある日の二年生の数学の授業。
「今日は期待値の計算をやってみよう。あるラノベ大賞の賞金総額が五百万円だとしよう。そこに二千五百作の応募があったとする。一つの応募に対する賞金の期待値はいくらになるかね?……そこの鉄研部員の君、答えられるかね?」
鉄研部長の忠実な補佐役である気の弱そうな生徒が答える。
「受賞する確率が全ての作品において等しいのであれば、五百万÷二千五百=二千です。原稿用紙数百枚にわたる作品を応募して、一作当たり二千円です」
「正解だ。お金が目的であれば、作品一本書き上げるより時給千円のバイトを二時間やった方がいい、という訳だ」
「その受賞がきっかけで年収何百万円もの売れっ子作家になる可能性だってあるはずだ……なんて誰も聞いちゃいないか」
と彼は小声で呟く。しかしせっかく彼が時給千円のバイトをしても、そのお金は沢山くう子に貢ぐ駅弁代に消えていったりするのだ。
お次はさあお待ちかね、二年生の英語の授業だ! このところ出番の少なかった舌足らずの英語の女教諭イツワ先生はおのれの存在の意義を懸けてこの授業に臨んだのだ! いつもはミルクにあぶない英文を和訳させて幾つかの逸話を作ってきた先生だ。ミルクがさされるのはわかっている。さあ、今回も逸話を作ってくれ、イツワ先生。
「……つまりこのエッセイで作者は安易な受け身の人生を批判しているのれす。『宝くじが当たらないかな』『イケメン男子に告白されないかな』『生まれ変わって電気スタンドを自由に操れる様にならないかな』などと妄想しているだけれは前には進めない、という事れす」
おや、れすれす言っている割には今回の授業はマジだ。これでは読者離れを起こしてしまうぞ。彼女は黒板に英文を書く。ちなみに読者諸氏はこの英文そのものは読み飛ばしてもらっても全然オッケーである。
『You won’t get anywhere by waiting for what you want to come to you. YOU MUST MAKE IT HAPPEN!』
「森野ミルクさん、この英文を訳してもらえるかしら」
「は〜い」
とミルク。
「(英語を母国語にしているミルクさんならこの文章を理解するのは難しくないはず。でもこれを流暢な日本語に直せるのかしら? お手並み拝見れすね)」
「望む物が来てくれる事を待っているだけでは、どうにもなりません。あなたが事を起こさなければならないのです!」




